序章　闇の始まり チリ ―― …ン　チリ ―― …ン 漆黒の中、かすかに鈴の音が聞こえる。 チリ ―― …ン　チリ ―― …ン 「聴こえるぞ、聴こえるぞ… 　光溢れる大地に、育まれし者どもの命の息吹が ―― 　聴こえるぞ、聴こえるぞ… 　やがては闇に呑まれ、朽ちてゆく者どもの慟哭が ―― 」 しわがれた声とともに、鈴の音が近付いて来る。 闇の中から、黄緑色のローブをまとった魔道士が姿を現す。 「…相変わらず気味の悪い奴だな。」 玉座に腰掛けた巨大な影がうごめく。 「ヒヒ…お褒めに預かり光栄でございます、バラモス様。」 「してエビルマージよ。そなたの鈴は何と告げた？」 「はっ…あなた様がこれから向かわれる世界に、 　６つの“オーブ”がございます。 　この“オーブ”が全て揃った時、あなた様に災いが起こると…」 「なんだと…！？」 「しかしながら、“オーブ”は一つでも欠ければ、 　その力を発することはございません。 　あなた様が居城を構えようとしておられる地に、その一つがございます。 　まずはそれさえ我が手中に収めてしまえば…」 「でかしたぞ、エビルマージよ。 　…では向かおうぞ、地上へと ―― ！」 玉座から立ち上がった影が、傍らに３つの異形を従えて発とうとしたその時。 「待て。」 「何用だ…？」 制止の声とともにどこからともなく立ち込めた霧がやがて薄れると、 そこには暗紅色のローブに身を包んだ魔道士が佇んでいた。 「ついに別世界へと赴くか。 　しかし貴様らだけでは心もとない…我が配下の者を供とせよ。」 「…いらぬ世話だ、アークマージよ。 　そなたとてわしと同格ゆえ、ゆめゆめ思い上がるでないぞ。」 「しかしながら、これはあのお方のご意思。 　我ら四天王、持てる力の全てを闇に捧げよとのご命令、 　忘れたわけではなかろうな？」 「ぐ…」 「フン、それで良い。」 魔道士はフードの下でかすかに口の端を吊り上げると、詠唱を始めた。 やがて黒い波動が渦巻き、 ―― 「…出でよ、我がしもべよ…！」 巨大な龍が首をもたげたかのように見えた次の刹那、 その漆黒は、術者 ―― アークマージの前にひざまずく影へと姿を変える。 「その力、見せてもらう時が来た。 　この者達とともに行き、魔族の血を証明してみせよ！」 「は…！」 ＊　　　　　＊　　　　　＊ かつてこの地を治めていた大国 ―― アリアハン。 周囲を海に囲まれた島国であったが、代々勇敢で聡明な君主が治め、 多くの英雄や偉人を輩出してきた。 優れた法令や制度を定めて自国に繁栄をもたらすとともに、 その政治手法を他の国々に教授することによって この世界の基盤を築き、盟主となった。 アリアハン国の呼びかけにより世界の主立った国家は平和条約を締結し、 以降、政治・経済・文化とあらゆる面において同盟国は互いに協力し合い、 ともに発展してきた。 世界中の人々がアリアハン国に敬意を表し、 この国の指揮のもと、平穏な世が永く続くものと信じて疑わなかった。 しかし、精霊暦9,987年 ―― 森と湖に恵まれ、「世界で最も美しい国」と呼ばれたネクロゴンド。 アリアハンの遥か西の大陸に位置するこの地に存在する大穴より、 突如現れた無数の魔物達。 一夜のうちに王都は陥落して緑の大地は血に染まり、 荘厳な城は、その大群を統べる魔王バラモスの居城と化した。 時を同じくして、大規模な天変地異がこの大陸を襲う。 数週間にわたり続いた大地震と周辺一帯の火山の噴火により ネクロゴンド大陸は大きくその姿を変え、魔王の居城を 外部から遮断するかのように、その周囲に険しい山脈を形成していった。 魔王の脅威は凄まじく、やがて魔物達はネクロゴンドを皮切りに、 大陸を一つ、また一つと席巻していく。 アリアハンを筆頭に、同盟を結んだ諸国はバラモスを打倒すべく、 幾度となく兵隊を送り込んだが、強大な魔力を誇るバラモスの前では 無力に等しく、地殻変動により完全に隔離されたネクロゴンドの地に 踏み入ることすら不可能であった。 破壊と殺戮を繰り返す魔物達に恐れおののき、 城壁の中や限られた集落での生活を余儀なくされた人々の心は荒み、 悪事が横行する世と化した。 そのような中、いかなる時にも和平を重んじ、穏やかな国民性で知られた 東方の友好国サマンオサが、突如、自らが盟主となるべく同盟を破って アリアハンに攻め入り、大戦が始まった。 幾多の魔王討伐の試みにより多くの兵を失い、疲弊していたアリアハン国は 領民を護るため早々に鎖国体制をとり、 さらに世界は閉塞の路をたどる一方であった。 絶望に打ちひしがれ、救世主の出現を願う人々―― ―― そこに立ち上がったのが、アリアハンの英雄オルテガだった。 「世界一の剣豪」とも「歴戦の勇者」とも謳われ、豪傑を絵に描いたような この男は、数多の国家間の争いや蛮族の襲撃を鎮圧し、 祖国のみならず世界に平穏をもたらした。 国王からは絶大な信頼を受け、人々にとっては尊敬と憧れの的となっていた。 大国による植民地支配を静止すべく北方に出向いていた彼は、 その任務を終えた後、定期船も途絶えた中で 数多の魔物とサマンオサ国との戦火に行く手を阻まれながらも ２年の歳月をかけてアリアハンに帰還し、 自らに魔王討伐を命じるよう国王に願い出た。 精霊暦9,989年。 オルテガは、若く美しい妻と幼い息子を残して旅立った。 人々の希望を一身に背負って。 だが ―― 運命はあまりにも残酷であった。 ネクロゴンド大陸北部にある砂漠の国イシスの使者より、 アリアハンに悲報がもたらされた。 ネクロゴンドの火山にて、魔物との戦いの最中、 オルテガが火口に落下し無念の死を遂げたという。 国王は悲しみ、そして残されたオルテガの家族に 深々と頭を垂れたのであった。 オルテガほどの者はもうどこにもいない、 もはや希望は失われたと誰もが思ったその時 ―― 「俺…行くよ！　俺が父さんの代わりにバラモスを倒す！」 ―― まだ１０歳になったばかりの、幼い少年がそこにいた。 魔王の君臨から６年、精霊暦9,993年のことであった。 Back