副部長の憂鬱 「「〜！」」 部室に入るやいなや、駆け寄ってくる部員達。 今日は学級委員長会議があったから部活はお休みさせてもらって、 部室の鍵を閉めるために戻って来たのだけど…。 「どうしたの…？」 「私達、テストで赤点取っちゃって来週追試なの。」 「追試で赤点だったら、次のテストまで部活禁止だって…」 「もう無理、追試のヤマ教えてー！」 うちの部は、なぜか追試になる子が多い。 「うーん…範囲も広いことだし、ヤマを張るよりは、 みんなが分からないところを中心に復習していこう？ さあ、教科書開いて。」 「「ありがとう、頼りになる〜！」」 すでに部活は終わっていたものの、 誰からともなく机を囲んで勉強会が始まってしまった。 「「せんぱ〜い、待ってました〜！」」 今度は外で片付けをしていた後輩達が駆け込んでくる。 「こないだのテストで赤点取っちゃいまして…」 「え…」 ＊ ＊ ＊ 私は 。 青春学園中等部３年１組で、学級委員長と 女子テニス部副部長を任されている。 副部長とは言っても、レギュラーになったことは一度もなくて。 部員みんなの練習メニューの作成や対戦校のデータ分析、 おまけに鍵当番と、マネージャーのような仕事が中心。 そんなだから、なぜ私が副部長に推薦されたのか、いまだに分からない。 「〜、助けて〜！」 みんなに勉強を教えているところに入ってきたのは、 同級生で部長の美奈子。 「美奈子、どうしたの？」 「今度のランキング戦の対戦表作ってるんだけど… どうしても人数が合わな〜い！」 「見せて…あ、ほらここ、ＡブロックとＢブロック、 つばさちゃんが２人いるじゃない。」 「あら、ホントだ…」 美奈子はうちの部のNo.１プレーヤー。 抜群の運動神経とテニスセンスの持ち主で、 先輩達が引退した時に満場一致で部長に決まったのだけど、 テニスをしている時とそれ以外の時ではまるで別人みたいで…。 優しくておっとりした性格でみんなに慕われるいい子なんだけど、 こういう事務的な作業は苦手みたいで、大抵のことは私が手伝っている。 …ああそうか、私達が引退したら部長も決め直さなきゃいけないんだよね。 今、候補として考えてるのは…。 ２年生にしてうちの部のエース、実質No.２のつばさちゃん。 「つばさー、まだ帰らないの？」 「試合が近いからね、今日の紅白戦で負けた子は 私と一緒に素振り300回！ 終わったらグラウンド30周行くよ！！」 「どこにそんな元気が残ってるんですか…」 「つばさ先輩、もう無理です〜…（泣）」 …負けず嫌いで頑張り屋さんなんだけど、部長って感じじゃないかな。 そしてもう一人の２年生レギュラーで部のムードメーカー、理亜ちゃん。 「理亜ちゃんが完コピ最新作を披露してくれるって！」 「コホン…えー皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。 ついに完成しました私の心の一曲、『桃色片想い』。 菊丸先輩への熱い想いを歌います！！」 「「おお〜…」」 「♪も〜っもい〜ろの片想いこ〜いして〜る、マ〜ジマジ〜と見〜つめて〜る チ〜ラチラって目〜が合え〜ば、胸がキュ〜ル〜ルンッ♪」 「すごい、理亜先輩！」 「無駄にクオリティ高いです！」 …ああ、なんか気が遠くなってきた… って、とりあえずそれは置いといて！ 「ほらほら、部活終わったんだから追試受けない子は早く帰ろうね。 …そういえば理亜ちゃん、今回は追試は免れたの？」 「…げ。」 理亜ちゃん…現実逃避してる場合じゃないでしょ。 「！」 そこで私はもう一つ大事なことを思い出し、美奈子の袖を引っぱる。 「それはそうと美奈子、 生徒会に出す部費の予算案って明日までじゃなかった？」 「あ゛！！」 「やっぱり…」 「でもねでもね、途中まではやってあるの。 どうしてもお金が足りなくなって、 後でゆっくり考えようって思ってたらすっかり忘れちゃって…」 「見せて、いくら足りないの？ …って、一千万円！！？」 「あはは…」 いや、舌をぺろっと出しても駄目だから。 「何をどうしたらそうなるの…？ まずこれ、テニスコート用の夜間照明って？」 「つばさちゃんがいつも暗くなるまで自主練してるから…」 「気持ちは分かるけど限度ってものがあるから…ここはカット。 あとはこれ、ウィンブルドンへの遠征費！？」 「本場のテニスを観るのって大事かなって…」 「ダメ、ここもカット！」 ああもう、この調子じゃいつまで経っても終わらない。 早く勉強会を切り上げて、私が仕上げないと。 すると、そこに入ってきたのは… 「ほぁら〜…」 不思議な鳴き声の…猫？ 白く長い毛に、顔と手足と尻尾が茶色。 見たところ、野良猫ではなさそうだけど…。 「わぁ、かわいい〜！」 「うちの部室で飼おうよ！」 珍しい迷い猫に、みんな大喜び。 美奈子が抱き上げると、猫は心地良さそうに目を閉じて ゴロゴロと喉を鳴らした。 「ねね、私が名前付けていい？」 「もちろんです、美奈子先輩。」 「それじゃあ…アナタの名前は“しゅうちゃん”ね。」 「美奈子先輩、そのココロは？」 「えへへ…最近気になってるヒトの名前〜…」 ざわっっ… 「なんか今…何気にすごいこと言った気が…」 「誰…ていうかどっち…？」 「“秀ちゃん”か“周ちゃん”か…どっちもあり得る…」 ざわざわ… 「あ、カルピン。」 美奈子の突然のカミングアウトに部員達がざわつく中、 練習を終えたらしい男子テニス部のみんなが通りかかる。 「リョーマ君！？」 「それ、うちの猫。返してくんない？」 「も、もちろんですッ！」 やっぱり飼い猫だったんだ。 彼は確か、１年生の越前君だったかな。 なぜか桜乃ちゃんが真っ赤になっている。 一方でつばさちゃんに声をかけているのは、２年生の海堂君。 「つばさ、帰るぞ。」 「薫ちゃん！ …あ、でもまだ素振り268回残ってて…」 「それならうちの庭でやれ…俺がフォームを見てやるから。」 「うんっ、そうする！」 「「（助かった…！）」」 あの２人は家が隣同士の幼なじみだったっけ。 自主練から解放された子達が胸をなで下ろしている。 そして理亜ちゃん達のところには、菊丸君が近付いていった。 「なになに〜なんか楽しそう、俺も入れて〜！」 「わ、菊丸先輩っ！？」 「理亜先輩チャンスです、渾身の『桃色片想い』、 菊丸先輩に見てもらいましょうよ！」 「え、ウソっ、ヤダヤダ恥ずかしいー！！」 みんな、いいな…。 なんか、青春してるって感じ。 「見て見て薫ちゃん、私、新しい必殺技を編み出したの！ どう？ これで次勝てるかな？」 「後で見てやるから…帰るぞオラ…！」 「理亜先輩、もうこの際だからここで告っちゃいましょう？」 「ぎゃー、無理無理無理無理〜〜〜っ！！」 「せっかく名前付けたのにぃ…」 「ダメですよ美奈子先輩、リョーマ君に返してあげないと…」 「やだ〜、飼いたい飼いたい、しゅうちゃん飼いた〜い！」 「「誰のことだい、“しゅうちゃん”って？」」 「あ、大石先輩、不二先輩。」 「ほぁら！？」 「先輩、カルピンのモノマネ上手いっスね…」 男子と女子が入り混じって、もはや部室は収拾のつかない状態に…。 美奈子の代わりに予算案も仕上げなきゃいけないから、 早く解散したいのに。 美奈子の…代わりに…？ …私、何やってるんだろう。なんでここでこんなことしてるんだろう。 美奈子達みたいにレギュラーにもなれずに、みんなのフォローばっかり。 それなのに…私には…！ 「「せんぱ〜い、ここ分かんない〜！！」」 「もう…ホントに… みんないい加減にしてッッ！！！」 私は、ついに大きな声を出してしまった。 し ―――――― ん… 驚いて固まる部員達。 「…ッ…ごめんなさい…！」 私は、部室をとび出した。 ＊ ＊ ＊ 「…っ、…うっ…」 夕日が差し込む教室には、幸いにも誰もいなかった。 一人で勝手に悩んで、その苛立ちをみんなにぶつけてしまった。 恥ずかしさと申し訳なさとが、涙と一緒に込み上げてくる。 「う…っ…！」 自分の机に掛けて手で顔を覆う。 どのくらい、そうしていただろう… パサ… 腕をかすめる感触。 確かめると、それは綺麗にアイロンが掛けられた男物のハンカチだった。 「使え。」 「…！」 そこに立っていたのは、同じクラスの手塚君。 「手塚君…男テニ、もう終わったんじゃなかったの…？」 「まだ生徒会の仕事が残っていたのでな。」 「そう…大変なんだね。」 泣き顔を見られたくなくて、思わず顔をそらした。 「珍しいな、でも感情的になることがあるのか。」 「…手塚君に言われたくないんだけど。」 「すまない。…何かあったのか？」 「別に…」 「強がるな…俺で構わないなら話を聞く。」 その言葉で張り詰めたものが解けてしまったのかもしれない。 みっともないと思いながらも、私は部活での出来事を、 日頃感じていたことを手塚君に話していた。 「…損な役回りだな、副部長というものは。」 ずっと黙って聞いてくれていた手塚君は、 私が話し終わると遠くを見つめて言った。 「聞いていて、大石に説教されている気がした。」 「大石君って…男テニの副部長の…？」 「ああ。」 「どういうこと…？」 「俺が部長で、大石にはいつも苦労をさせてきたということだ。」 手塚君がこんなにも自分のことを話すのは初めて。 もっとも、これまでも手塚君とは学級運営のこととか部活のこととか、 事務的な話しかしたことなかったけど。 「大石には、誰よりも強い責任感と正義感がある。 あいつがいなかったら、俺はとっくにテニス部をやめていただろう。」 「え、それって…！？」 「…なんでもない、昔のことだ。 いつだってそうだった…大石の力がなければ、 チームはバラバラになっていただろうな。」 「でもそれは手塚君の力もあるからじゃ…」 「いや、大石の気配りや面倒見の良さは、俺には真似できない。 俺も部員達も、それに甘んじてきたことは事実だ。」 私が持っていた手塚君のイメージは、何をしてもパーフェクトな人。 自分に厳しいところは手塚君らしいなと思いつつも、 彼がここまで人を誉めるのは、意外と言えば意外だった。 「個性が強いというか、ある意味奔放とも言える部員達が 一つのチームとしてまとまり、思う存分力を発揮できるのは、 その陰で誰よりも真面目で誰よりも苦労している人間がいるからだろう。」 「……」 「俺は…俺よりも大石のほうが部員達に慕われているんじゃないかと 思うことさえある。」 「そんなこと…」 「俺は、大石に心から感謝している。おそらく部員達もな。」 …不思議だな。手塚君は大石君のことを話してるだけなのに。 なんだか、自分のことを肯定されてるような気持ちになる。 「…女子も同じだと思うがな。 感謝というのは日頃なかなか口に出すものではなく、 それゆえに伝わりづらい。」 「そんな…私なんか、大石君に比べたらまだまだって思うけど…」 「そんなことはない。 休み時間も返上して作業をしている姿には恐れ入る。 生徒会に提出される部活関係の書類も、ほぼの筆跡だしな。」 「…！！」 正直、驚いた。 そんなところまで見ててくれてたんだ…。 「…その…なんていうか…自分で言うのもアレだけど…、 うちと男テニ、部内の人間関係が似てるのかもね…。」 「お前のところの部長と一緒にされるのは心外だがな。」 「いや、美奈子と手塚君とじゃキャラ違いすぎるでしょ…」 最後の言葉がおかしくてくすくすと笑っていると、 手塚君が私の頭をポンポンと叩いた。 「！！？」 予想すらしていなかった行動。 心臓が跳ね上がったような気がした。 「ようやく笑ったな。」 「え…っ？」 「もう泣くな。、お前の努力を見ている人間は必ずいる。」 「……………」 なんだろう、この感じ。 照れくさいような、安心するような。 ただ分かるのは…じんわりと、頬が熱くなってる。 「それでも、もし我慢できなくなった時には俺に話せ。 俺で良ければ…いつでも聞いてやる。」 「うん…ありがと…」 「礼を言わなければならないのはむしろ俺のほうだ。 には、大事なことを思い出させてもらった。」 窓辺に佇む手塚君の背後から差し込む夕日に、思わず目を細める。 あれ、今一瞬、手塚君が笑ったような…？ いや、きっと気のせい。眩しかったせいだよね…。 ＊ ＊ ＊ 翌日。 手塚君のおかげで、少しは気持ちが楽になったけど…。 部活での状況が変わったわけではなくて。 鬱々としたまま、一日が過ぎてしまった。 そして、放課後… 重い気分で部室のドアを開ける。 あ、鍵かかってない…。 そうだ、昨日は鍵を開けっぱなしで帰ってしまったんだ…。 「あれ…？」 まだ外は明るいのに、部室の中は真っ暗。 なんだか様子がおかしい。 おそるおそる中に入っていくと… 「「、いつもありがとー！！」」 拍手とともに電気が点けられる。 いつもは散らかっている室内が綺麗に片付けられて、 たくさんの風船やリボンで飾られていた。 机にはクロスが掛けられ、真ん中には私の大好きなお花。 「……！？」 状況が飲み込めずにいる私の背中を美奈子が押し、 いちばん奥の席まで連れて行かれる。 「ごめんね…あの後、私達反省したの。 なんでもかんでもに頼ってばっかりだったって…」 「そんな…」 それまで気まずそうにしていた後輩達が、 私の周りに集まってくる。 「先輩、もう来ないんじゃないかって心配してました！」 「私達のこと嫌いになって部活やめちゃったらどうしようって…」 「ごめんなさい先輩〜！」 中には目に涙を溜めてる子もいて。 私は思わず、みんなをぎゅっと抱きしめた。 「それでね、お詫びってわけじゃないんだけど… にみんなからの気持ちを伝えられたらって思って、 サプライズパーティー企画しちゃいました！ 」 「美奈子…」 「…だから今日の練習、全員サボリでいいよね？」 美奈子が満面の笑みで私の顔をのぞき込む。 私、この笑顔に弱いんだよね…。 「それじゃぁ、レッツパーティー！！」 理亜ちゃんの号令とともに、次々と食べ物が運ばれてくる。 「お待たせしました、タカさん先輩んちの特製チラシ寿司です！」 「つばさちゃん、グッジョブ！」 「私、おばあちゃ…じゃなくて竜崎先生と一緒にチーズケーキ作りました！」 「桜乃ちゃんすごーい！」 「あれ、理亜ちゃん…頼んでおいた飲み物は？」 「やばっ、忘れちゃった！」 「えー…」 「ありえなーい…」 「うぅ〜、ごめんなさい… かくなる上は…先輩へのエールを込めて全力で歌います！ 『Yeah！めっちゃホリディ』！」 「キター！」 「いいぞ〜理亜〜！」 理亜ちゃんの歌と踊りに、部員みんなが盛り上がる中… ―― ガチャッ 「お、やってるやってる。」 「いやー、綺麗に飾り付けたねー。」 部室の扉が開いて、男子テニス部の大石君と河村君が入ってきた。 手にはお菓子がいっぱいの袋。 「手塚に頼まれてさ。」 「手塚君…が…？」 頭が真っ白になって何も言えずにいる私のところに、 河村君がやって来る。 「実は昨日、つばさちゃんが俺のとこに注文に来た時に、 気になって女テニの様子を聞いてみたんだ。 それで今日のパーティーのことを聞いて、 俺達にも何かできないかなって、手塚に相談したら…」 「そう。手塚自身は生徒会の仕事があるから来られないけど、 みんなで差し入れしてやってくれないかって。 さあ、みんな。」 大石君に促されて、続々と男子達が入ってくる。 「姉さんにラズベリーパイ焼いてもらったんだ。口に合うといいな。」 「俺ら１年２年チーム、モスで大人買いしてきました！」 「桃先輩、エビカツバーガーに偏りすぎっス。」 「もっと野菜を食いやがれこの単細胞が…」 「んだとこのマムシ野郎！」 「あ゛ぁ！？」 「ほらほらケンカしない！ 俺、家からかき氷機持って来たんだ。 シャリシャリかき氷なら俺に任せてよねん☆」 「おや、飲み物がないようだね。 それならこの乾特製青酢リミックス青春アミーゴサンクスVerで乾杯を…」 「「出たあああ〜！！」」 「「やめてェ ―――― ！！」」 部室はもうぎゅうぎゅう詰めの大騒ぎ。 「♪イェ〜！ ズバッとサマータイム♪ …え、あれ、男テニの皆さんいつの間に…って、きっ菊丸先輩！？」 「やっほー、理亜ちゃんガンバ〜！」 「ああもう…こうなったらヤケですっ、 ♪あったっらし〜自分を 応〜援したげたいっ、 ノリノリで恋しちゃえっっ♪（赤面＆涙目）」 楽しい…やっぱり私はこの部が、みんなのことが大好き。 そして… ありがとう、手塚君。 私、まだまだ頑張れるよ…！ 「…そういえば美奈子、次回からランキング戦始まるけど… 対戦表はできあがったの？」 「あ゛！！」 「やっぱり、ね…」 Back |