ダブルスを組もう キーン コーン カーン コーン … 終業のチャイムが鳴り、教師が２年７組の教室を後にする。 一斉に着替えを始める男子、更衣室に向かう女子。 次の授業は体育だ。 体育の授業は、隣の２年８組と合同で行われる。 早々に着替えを済ませた海堂は、一人でグラウンドに向かっていた。 すると… 「か」 「（？）」 はるか上空から声がする。 「お」 「（！？）」 空を見上げると、そこにはの姿が！ 「る」 「（！！）」 だんだんとの姿が大きくなる。 「ちゃ――――ん！」 「（！！！）」 ずざざざざーっ… 「痛ぇ…」 海堂は、の下敷きになっていた…。 「ちゃんが、降ってきた…？」 「おい大丈夫か海堂…」 周りにいた生徒達がざわめく。 「…どこから降ってきた…？」 強打した背中を押さえながら海堂が問いかけると はにこっと笑って、 「あそこ。」 と、女子更衣室のある２階の窓を指差した。 その先では、８組の女子生徒達が心配そうな顔で 窓から身を乗り出してこちらを見ている。 「着替え終わって外見たら、ちょうど下に薫ちゃんがいて。だから…」 「だからって２階から飛び降りる奴がいるか！ 怪我したらどうする…」 「でも薫ちゃんが受け止めてくれると思ってたよ。」 「チッ…」 海堂は、フシュウゥ…と大きく息を吐いた。 ＊ ＊ ＊ 。 ２年８組に在籍する、女子テニス部のレギュラー。 家が隣同士で、物心ついた時からずっと一緒にいた。 いわゆる幼なじみという間柄である。 無口で他者を寄せ付けない海堂と、明るくて誰とでも仲良くなれる。 まったく正反対の２人だが、それはそれで案外うまくいくものである。 イカツイ容貌のせいで周囲から恐れられている海堂だったが、 だけは例外で、中学２年生になった今でも “薫ちゃん、薫ちゃん”となついてくる。 小さい頃からずっとそうだったから、最早それが当たり前になっているのだ。 一方の海堂はというと、常にそっけない態度で “どけ”“離れろ”などと言ってはいるが、それは照れ隠し。 本当は、のことが気になって気になって仕方がない。 “幼なじみ”から“好きな女の子”へ… 無邪気なとは裏腹に、彼の気持ちは微妙に変化し始めていた。 ＊ ＊ ＊ 「体育、今日からテニスだよ！ 青学女テニエース・ 様の実力を見せてあげるんだから！」 妙に張り切る。 テニスと聞くと、燃える性分らしい。 ２階から飛び降りるほどのハイテンションの原因もここにあった。 「試合とかもするのかなぁ？ そしたら薫ちゃん、ダブルス組もーね！」 「…フン、女となんかダブルスが組めるか…」 海堂は、少し赤くなった頬を見られないように顔を背けた。 「なんでー？ 前はよく一緒にテニスして遊んだのにー！」 キーン コーン カーン コーン … そうこうしているうちに、始業の時間になってしまった。 「行くぞ。」 「あっ、待ってよ薫ちゃーん…」 足早に歩いていく海堂の後を、は小走りで追いかけていった。 ＊ ＊ ＊ 「ここでグリップをしっかり握って…スイングは…こうだ！」 体育担当の阿部先生が、ラケットを振り回しながら 念入りにフォームの説明をする。 テニス部員にとっては退屈なことこの上ないが、授業なので仕方がない。 「それじゃあ各自で素振りを始めろ！ 悪いがテニス部員はフォームのチェックをしてやってくれ。」 「は〜いっ！」 元気良く返事をしたのは８組の桃城。 ８組には、他にも荒井、林、池田といったテニス部員がいる。 彼らはクラスメイトであるとはとても仲が良い。 だが、海堂に関してはどうにも虫が好かない様子。 （というか、海堂と合う人間自体が珍しい。） こうして、生徒達は各々素振りを始めた。 「ちゃん、ちょっと見てくれる？」 女子生徒がに声をかける。 「うん、いいよ。振ってみて？」 「おーっ、完璧じゃん。マサやんより上手いんじゃねーの？」 割り込んできたのは桃城。少し離れたところでは、 「うるせーぞ桃！」 と、池田が叫んでいる。 「ちょっと桃ー！ 私が教えてるんだから邪魔しないでよぉ！」 「いーんじゃん？ 俺、愛される男だし？」 桃城はの頭をポンポンと叩くと、どこかに行ってしまった。 が女子生徒に目を向けると、 「桃城君に誉められちゃった…」 と、顔を真っ赤にしている。 …………… 一方、こちらは誰からもお呼びが掛からない海堂。 理由は簡単、“恐いから”である。 「（気に入らねぇ…）」 海堂は、フェンスに寄りかかったまま、 いつにも増して恐い顔で桃城を睨みつけていた。 人なつこい性格とかわいらしい容姿で、人気者の。 女子だけでなく、男子にも友達が多い。 海堂は正直なところ、が自分以外の男子と仲良くするのが嫌だった。 （ちょっとヤキモチ） とは言っても、こればかりは仕方なく見守るしかない。 だがしかし、どうしても許せない相手が一人いた。 自分と同じテニス部のレギュラーで、互いにライバル視している桃城である。 が彼と親しくしていると、海堂は途端に機嫌が悪くなるのだ。 （かなりヤキモチ） そこへ校内放送が入る。 「阿部先生、阿部先生。お電話が入っております。 至急、職員室までお戻りください。」 「…なんだ？ しょうがねぇなぁ、みんなは素振りを続けていてくれ。 くれぐれも、勝手なことはするなよ？」 そう言うと、阿部先生はグラウンドを去っていった。 桃城と荒井は顔を見合わせ、にたぁ〜っと笑った。 ＊ ＊ ＊ 「ようマムシ。」 「あ゛？」 ふてくされて座り込んでいる海堂が顔を上げると、 そこにはラケットを肩にかついだ桃城と荒井が立っていた。 「…何の用だ。」 「俺らと勝負しよーぜ。部活ん時だと先輩達がウルセーからな。」 「２年でレギュラーになったからって調子こいてんじゃねーぞコラ。」 不敵な笑いを浮かべる桃城と荒井。 「お、いいぞ。やっちゃえやっちゃえ。」 ２人の後についてきた林と池田もはやし立てる。 「…フン…」 普段の海堂なら桃城達の挑発に乗ることもない。 だが、今日ばかりは虫の居どころが悪かった。 「望むところだ…」 海堂はユラ〜ン…と立ち上がると、 ジャージのポケットから取り出したバンダナをギュッと頭に結んだ。 「男テニレギュラーが試合するらしいぜ！」 彼らの会話を聞きつけて、素振りをしていた生徒達が コートの周りに集まってくる。 「俺らはダブルスだ。お前も誰か一人、連れて来いよ。」 桃城の言葉に、海堂は辺りを見回した。 …が、これといって戦力になりそうな者はいない。 テニス部員なら林や池田もいるのだが、 桃城の仲間である彼らを誘うのはプライドが許さない。 …と、目に入ったのは、オロオロした様子でこちらを見つめる。 「…フシュゥゥ〜…」 少し迷った末、海堂はの腕をつかむと、 コートのほうへ引っぱって行った。 「、ダブルス組むぞ。」 「薫ちゃん…！」 の表情が、ぱあっと明るくなる。 「あー！ ずっりー！ なんでよりによってなんだよ！？」 「、奴から離れろ！」 海堂に腕を引かれるを見て叫ぶ桃城と荒井。 だがは、 「ヤダ。私、薫ちゃんと組むもん。」 と、嬉しそうに言った。 「お、も参戦か〜。」 「ちゃん、頑張ってー！」 男子テニス部レギュラーに続く女子レギュラーの登場に、 生徒達はさらに沸き上がった。 ＊ ＊ ＊ 「サービスはお前らにやるよ。の分、アドバンテージな。」 「桃ってば、バカにしてる〜。そんなのいらないよ！」 ムッとした表情の。 だが…いざ試合が始まると。 女子テニス部のエースと呼ばれるだったが、 体格や体力の違いで男子には一歩及ばず、 試合についていくのがやっとだった。 桃城・荒井ペア優勢のまま、試合は続く。 「ざまぁねぇなマムシ。」 「には悪いが、このまま勝たせてもらうぜ！」 余裕の表情を浮かべる２人。 「はあっ、はあっ…」 「大丈夫か、…」 すでに息が上がってしまっているを気遣う海堂。 するとは、にっこりほほえんで言った。 「うん…まだまだこれからだよ。薫ちゃんいつも言ってる…」 「…？」 「『絶対あきらめないぞ』！！」 「…フン」 決めゼリフ（？）を取られてしまった海堂は、口の端で軽く笑った。 それから徐々には調子を上げ、２人の反撃が始まった。 自分がミスしても海堂がフォローしてくれるという安心感のおかげで、 はのびのびとプレイすることができた。 もちろん、桃城達も負けてはいない。 「出たぁ、桃の必殺ダンクスマッシュ！」 「ちゃん、ナイスボレー！」 「荒井、なんとか拾ったー！」 「海堂のスネイクも冴えてるぞ！」 激しいラリーが続き、生徒達の盛り上がりも最高潮に達した。 だが、そこにやって来たのは… 「こら〜！ お前ら、何をやってる！？」 「げ！ 阿部！？」 「先生…！」 「やばっ…」 グラウンドに戻って来た阿部先生の姿を見て、コートに立ち尽くす４人。 周りで観戦していた生徒達は、クモの子を散らすように逃げていった。 「勝手なことはするなと言っただろう！？ お前ら４人、放課後にグラウンド２０周だ！！」 ボ ―――――――― ン… ＊ ＊ ＊ そして、放課後… 「先に２０周するのは俺だ！！」 「うるせぇ…てめぇにだけは負けねぇ…」 「くそっ…生意気な１年のせいで走らされたばかりだってのに…ついてねぇ…」 「もうヤダ〜！ 阿部先生のオニ、アクマ〜！！」 夕日の中、グラウンドを走る４つの影。 青学名物（？）罰ランニングは、まだまだ続くのだった… Back |