学園天国 ― 走れ男子中学生 ― 海堂 薫は、常々思っていた。 幼なじみで片思いの相手、 。 天真爛漫で誰からも好かれる性格。 アイドルデビューしてもおかしくないルックス。 在籍する２年８組、ひいては学園中の人気者で、 彼女を狙う男子生徒は数知れず。 そのくせ本人はあきれるほどの奥手で、 異性に対する警戒心というものがまるで無いのだ。 “を悪い虫から守れるのは、俺しかいねえ…！” ＊ ＊ ＊ 昼休み。 ２年８組の教室には、女子生徒の輪ができていた。 「ちゃん、あーんして。」 パカッと開けた口にミートボールを入れてもらったは、 モグモグとそれをほおばる。 「かわいい〜！」 「ね、私のも食べて！」 女子生徒達は、かわるがわる自分の弁当のおかずをの口に運ぶ。 この日、は弁当も財布も忘れてしまった。 そのため、女子が各自の昼食を少しずつ分け与えているのだが、 普通に手渡せば済むものまでわざわざ口に入れてあげている。 与えたものは何でも食べるので、おもしろがっているのだ。 どちらかと言うと“みんなでペットにごはんをあげている” …といった感じであった。 そして、それを遠巻きに見つめる男子達。 「（うらやましい…）」 「（いいよな、女子は…）」 「「（俺もに“あーん”ってやってみてぇ…！）」」 …今、彼らの心は一つになった（笑） そこへ、大量の菓子パンを抱えた桃城が購買から戻って来る。 彼にとって、はごくごく普通の遊び友達、いわば妹的存在。 そこで気軽に声をかける。 「新作焼きそばパンが出たっつーから買ってきたぜ。、食うか？」 「うん、食べるっ！」 「そうこなくっちゃな、ほらよっ。」 桃城がパンを一口サイズにちぎり、 の口に入れようとしたその時。 ガタガタガタッ――！ 男子生徒達が一斉に立ち上がる。そして絶叫。 「「それって俺ら男子にも認められてることだったのかー！？」」 桃城が驚いて手を止める。 「は？ 何言ってんだお前ら。はそんなの気にしねぇよな？」 「うん、してない。」 は、コクリとうなづく。 「そうだったのか…それなら…」 「、俺の弁当も食ってくれ！」 各々の昼食を手に、の周りに殺到する男子たち。 「ちょっとーっ、次は私があげるんだからね！」 「うるせーぞ女子！」 「さ、さん食べて食べて！」 「どけ、俺が先だ！」 「押すなバカ！」 「あーっ、俺の新作焼きそばパンがすっ飛んだー！！」 ８組の教室は、もはや収集のつかない状態になってしまった…。 そしてその光景を教室の外から見ていた男が一人。 隣のクラスの海堂である。 手には重箱（彼にとっては弁当箱）を抱えている。 どうやら、水道場でざるそば（彼にとっては弁当のおかず）を 水洗いしていたようだ。 男子達にもみくちゃにされているを見かねた彼は、 ズカズカと教室に入り込むと、その前に仁王立ちした。 その存在感に、騒ぎがピタッと止まる。 「フシュウゥ…」 「あ？ んだよマムシ。何か用か？」 桃城が声をかけるが、全くもって無視。 “を悪い虫から守れるのは、俺しかいねえ…！” 海堂は無言のままの腕を引いて立ち上がらせ、 重箱を持っていないほうの手でその小さな体をひょいと抱き上げて 脇に抱え込むと、そのまま教室を出て行こうとした。 が… 「ちょっと待てよ海堂！」 「俺ら、まださんに食べさせてねーんだぞ！？」 妙にいきり立つ男子達。 「なっ…！？」 その殺伐とした雰囲気に身の危険を感じた海堂は、 反射的に教室を飛び出した。 「あ、逃げやがったな！？」 「奴に独り占めさせるな、追えー！！」 こうして海堂は、８組の男子達に追われる羽目になってしまった…。 「待ちやがれ海堂ー！」 「チッ、しつけぇ奴らだ…」 右脇に重箱を、左脇にを抱えて疾走する海堂。 その後ろを、８組男子の集団が追う。 そして当のはというと… 「うわー、早い早ーいっ！ 頑張れ薫ちゃーん！！」 純粋に追いかけっこを楽しんでいた…。 …………… 一方、教室に残されたのは桃城と女子生徒達。 「行っちゃったね…」 「あれだけモテると、も大変だよね…」 の身を案じる女子達。 そんな中、桃城がにいっと笑う。 「なーんか、おもしろくなりそうだぜ…」 ＊ ＊ ＊ やがて先頭集団は１年生ゾーンに突入。 ドドドドド…！！ 廊下を歩いている男子生徒２人の前を、猛スピードで横切っていく。 「うわっ！？」 一人はオーバーアクションで飛びのいたが、 もう一人は特に動じる気配もなく平然としている。 「…何、今の。」 「あれーっ！？ 今いちばん先頭にいたの、海堂先輩と先輩じゃなかったか？」 「そうだった？」 「見てなかったのかよ越前。 バードウォッチング歴２年のこの俺、堀尾が言うんだから間違いないね！」 「ふーん。何やってんだか。」 王子、無関心のご様子。 ＊ ＊ ＊ 続いてやって来たのは、３年生の教室。 「…ハア、ハア…ここまで来れば…」 海堂は教室のドアに手をついて息を切らせている。 「薫ちゃん、お疲れー！」 はその隣で声援を送っていた（？）が… 「あ！」 ドアの窓ガラス越しに手招きしている不二と菊丸を見つけると、 トコトコと教室に入って行ってしまった。 「さん、カンパーニュって知ってる？ 食べてみるかい？」 「それよりちゃん、俺のエビフライ食べない？ プリプリしてておいしいよん。」 「（ん？ アイツどこ行きやがった？）」 がいなくなっていることに気付いた海堂が、教室の中を見渡す。 するとそこには不二と菊丸に餌付け（←嫌な表現だが、 海堂にとってはこう見える）されそうになっているの姿が…。 「（ちくしょう、敵はこんなところにも…！）」 海堂は教室に駆け込むと、２人からを引き離し、 先程と同じように脇に抱えて３年６組の教室を後にした。 すると… 「いたぞ、こっちだ！」 「…しまった！」 運悪く、男子達に見つかってしまう。 …かくして、レース再開。 ＊ ＊ ＊ その頃、渡り廊下では、昼休みの自主練を終えた 大石・河村・乾の３人が、ラケットを片手に談笑していた。 ドドドドド…！ そこへ、おびただしい数の足音が近付いてくる。 ドドドドド…！！ 気付いた時には、目の前に男子生徒の大集団が！！ 「「わーっ！？」」 間一髪で衝突を免れた３人。 ドドドドド… そして大集団は去っていく。 「…危ないな。事故が起こる確率８７．４％。」 「こりゃ大変、やめさせなくちゃ！ タカさんちょっとこれ持ってて…って、しまったああ！」 大石は、うっかり自分のラケットを河村に渡してしまう。 「…うおっしゃあああ！！ 俺も走るぜランニ――ング！！！」 …１名様、追加参戦。 ＊ ＊ ＊ 「いいかげん諦めろよ海堂！」 「うるせぇ…誰がなんと言おうと、絶対諦めないぞコラ！！」 「きゃー、薫ちゃんかっこいいー！」 「ぬどりゃ――！ バァァ――ニィ――ング！！」 半ば意地になって校内を走り回る一行だったが… 「！！！」 角を曲がってすぐに目に入ったのは、 会議室からぞろぞろと出てくる生徒会役員達！！ 危ないと思った時にはすでに遅く… ずど――ん！！ 先頭を走っていた海堂（と）は、 勢い余ってその列に突っ込んでしまう。 「スンマセン、俺、追われてるんで。」 を拾い上げたことだけ確認し、急いで走り去る。 そして残されたのは… 重箱とそばを頭にかぶった手塚と、その姿を見て呆然とする男子達。 手塚の眉間のシワが、通常の３倍になる。 「そんなに走りたいなら、 全員グラウンド１００周してこい！！！」 校内に、手塚の怒号がこだました…。 ＊ ＊ ＊ 「ハア…ハア…」 早々に逃げ出した甲斐あってグラウンド１００周を免れた海堂とは、 屋上にたどり着いていた。 眼下を見下ろすと、８組の男子達（＋河村）が罰ランニングを受けている。 もう、追ってくる者は誰もいない。 「あーあ、薫ちゃんのお弁当、これだけになっちゃったね…」 先程の衝突の後、かろうじて一段だけ残されていた重箱をが開けると、 中にはデザートが詰められていた。 「あ、イチゴが入ってる。一個ちょうだい！」 が重箱に手を伸ばすが、海堂は寸前のところでそれを奪い取った。 「ふ…」 そして曖昧な笑みを浮かべると、その中から自分でイチゴを一粒 つまみ出し、おそるおそるの口元に差し出した。 海堂は喉をゴクリと鳴らす。 はそのイチゴをぱくっと食べると、嬉しそうにほほえんだ。 「おいしい！」 かすかに触れてしまった唇の感触に赤面する海堂。 そこには、勝利者の小さなガッツポーズがあった… Back |