ニューフェイス 「もうちょっと、顔を上げてね。」 「はい…ッ！」 「笑ってくれるかな？」 「こ…こう、ですか…？」 「うーん…」 ここは町外れの小さな写真館。 カメラの前に座っているのは、 よそ行きのワンピースを着た小さな女の子。 小学校の卒業証書を手に記念写真を撮りに来たのだが、 緊張してガチガチに固まってしまっている。 カメラマンの老人も、付き添いでやって来た彼女の母親も、 ほとほと困り果てていた。 「ちゃん、いつもみたいに“にこっ”てしてみて？」 「に、にこっ…」 と呼ばれた少女は、ひきつった笑いを浮かべた。 「困りましたねぇ…」 老人が、ふうっとため息をついたその時。 カシャッ、カシャッ ―― シャッターの連続音。 そこには、と同じ年頃の少年が、 年代もののカメラを構えて立っていた。 「あのっ…」 「動かないで。肩の力を抜いて。」 驚いて立ち上がろうとしたを少年が制する。 「そう、そのまま…うん、だんだんいい顔になってきたよ。」 「えへへっ…」 シャッター音が続く。 年の近い少年に心を許したのか、 徐々にの緊張はほぐれていった。 「お祖父さん。」 「あ、ああ…」 ―― カシャッ。 少年に促されて、老人はようやくの自然な笑顔を フィルムに収めることができたのだった。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 「ふふっ、いい写真が撮れたよ。」 撮影を終え、構えていたカメラを下ろした少年は、 はっと息を飲むほど綺麗な顔立ちをしていた。 は、思わず見とれてしまう。 「あら、素敵な子。お孫さんですか？」 母親が老人に尋ねる。 「ええ、そうなんですよ。 　私に似たのか、この子も写真を撮るのが好きでしてね、 　休みの日にはよくこうしてうちに来るんですよ。 　…それより周助、勝手にお客様の写真を撮るのは失礼だと 　前にも言っただろう？　謝りなさい。」 「すみませんでした。つい…」 「気にしないで。あなたがいなかったらきっとうちの子、 　すっごい顔したままだったと思うから。」 にっこりと笑う母親に、は赤くなってうつむいた。 「周助。こちらのお嬢さんはこの４月から、 　お前と同じ青学に通われるそうだよ。」 「あ…あのっ、　って言います。」 は、あわてて自己紹介をする。 「僕は不二　周助。今度２年生になるんだ。よろしくね。」 「あ…私より１つ上なんだ。それじゃあ“不二先輩”ですねっ。」 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 大人達がレジカウンターで写真のサイズや 台紙のデザインを決めている間、 と不二は撮影用の椅子に並んで腰掛けていた。 「不二先輩。」 「ん？」 「不二先輩っ。」 「何かな？」 「不二先輩〜。」 「…もしかして…呼んでるだけ？」 「えへへ…だって不二先輩は、初めての“先輩”ですから。」 「あはは、そうだね…」 はにかんで笑うがかわいらしくて、 不二は彼女の髪をくしゃくしゃっとなでた。 も、嬉しそうに不二を見上げている。 「ところでさん…部活はもう決めた？」 「あ、ハイ… 　私テニス好きなんで、テニス部に入ろうと思ってるんですけど…」 「嬉しいなぁ。僕もテニス部なんだよ。」 「わあ、本当ですか！？ 　先輩、テニス上手そう〜。いろいろ教えてくださいね！」 は、大きな目を輝かせて言った。 「さんはテニス始めてどのくらいになるの？ 　どこかで習ったりしてたの？」 「テニスしてたのは本当に小っちゃい時からなんですけど…」 不二の質問に、は恥ずかしそうに答えた。 「習ってたわけじゃなくて、小さい頃から薫ちゃんと 　よくテニスして遊んでた、ってだけなんです。」 「薫ちゃん？」 「あ、薫ちゃんていうのはうちの隣に住んでる同い年の子で、 　海堂　薫っていうんです。すごい仲良しなんですよ。 　薫ちゃんも一緒に青学に行くんですけど、 　テニス部に入るんだって言ってました。」 「へえ、かわいい名前の子だね。」 「はいっ。名前だけじゃないんですよ。 　薫ちゃんてすっごくかわいいんです。顔とか性格とか、もう全部！ 　テニスもスクールに通ってたから、私よりずーっと上手ですし。」 そこまで一気にしゃべると、急には心配そうな表情を浮かべた。 「ただ…薫ちゃん、友達作るのがヘタなんです。 　本当は優しい子なのに、恥ずかしがり屋さんだから… 　不二先輩、薫ちゃんのこと、よろしくお願いしますねッッ！！」 は真剣な顔で、すがるように言った。 不二は、なぜが一緒に入部する友人のことを わざわざ自分に頼むのかと疑問に感じたが、 それは単に彼女が友達想いだからなのだろうと思うことにした。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ そして、４月 ―― 不二の所属する男子テニス部も、新たな部員を迎えることになった。 「それでは１年生には、こっち側から順に自己紹介をしてもらおうか。」 「はーいっ！　１番、桃城　武！！ 　好きな食べ物はエビカツバーガー。レギュラー狙います！」 「次。」 「荒井　将史です。頑張ります。」 「よし、次。」 「……………」 次の新入部員は、かなりの間をおいてユラ〜〜ン…と立ち上がると、 フシュウウ…と深く息を吐いた。 独特の立ち振るまいといい、鋭い眼光といい、例えるならまさしく“蛇”。 ものすごい威圧感に、一瞬にして周囲の空気が凍りつく。 そんな中、ようやくその“蛇”が口を開いた。 「…海堂　薫っス…よろしくお願いしまス…」 不二は思わず目を見開いた。 “海堂　薫っていうんです。” “薫ちゃんてすっごくかわいいんです。顔とか性格とか、もう全部！” 「ふっ…！」 「ど、どーしたの不二！？」 「ふっふふふ…な、なんでもないよ英二…っくくく。 　ただ…人間の主観と勘違いって、怖いなあって思ってさ… 　…くくくくくっ…！！」 必死で笑いをこらえる不二。 「（確かにさんは“薫ちゃん”が女の子だとは一言も言ってなかったけど… 　それにしたって、ねえ…）」 達の学園生活は、こうして始まったのだった…。 Back