オシオキ 「うーん…こんなカンジかな、っと…あれ？　なんか違うかも…」 放課後の美術室で、菊丸は一人、巨大な粘土のカタマリと格闘していた。 眉間にシワを寄せ、口をきゅっと結んだその表情は、真剣そのもの。 「うんうん、いいカンジ！　よしっ、もうちょいで完成だ〜♪」 傍から見ると何を作ろうとしているのかさっぱり分からないくらい ヘタクソなのだが、彼にとってはなかなかの自信作に 仕上がりつつあるらしい。 「あれ？　エージ先輩…」 ちょうどその時、美術室の前を通りかかったのは、下校途中の。 「何やってんだろ…？」 ドアの窓ガラスに張り付いて中の様子をうかがうが、 菊丸が何をしているのかは角度的にいまいち分からない。 「（みんなに内緒でなんかおもしろいことしてるのかも… 　ん〜気になるなぁ…）」 好奇心旺盛なは、美術室への潜入を開始した。 「お邪魔しまーす…」 タレントの寝顔を隠し撮りするリポーターの如く、 なぜか小声で、音を立てないように忍び込む。 細心の注意を払いながら一歩一歩近付くが、 作業に没頭している菊丸は、いっこうに の気配に気付く様子はない。 そんな菊丸の後ろ姿に、のイタズラ心がムクムクと膨らんできた。 「（そうだ、ちょっと脅かしてやろーっと…）」 菊丸が何をしているかなどということは、もはやどうでもいいらしい。 彼の真後ろに立ち、にこ〜っと笑う。 そして… 「エージ先輩…、わっ！！」 「う゛にゃっ！？」 ―― べしゃっ。 思いきり背中を押された菊丸は、勢い余って粘土に顔を突っ込んでしまう。 完成間近の作品は、一瞬にして彼の顔型と化したのだった…。 「う゛〜…」 顔に張り付いた粘土をはがしながら、菊丸が振り返る。 「ちゃ〜ん…あとちょっとで完成だったのにぃ〜…」 よほどショックだったのだろう、大きな目がウルウルしてしまっている。 「ご…ごめんなさいエージ先輩！」 ようやく状況を理解したは、謝罪を口にする。 が、問題なのはここからで… 「粘土してるなんて思わなかったんです、 　エージ先輩のことだから、また何か新しいイタズラでも 　思いついたのかなーって思っちゃって…」 「イタズラなのはちゃんのほうでしょッ！？」 「そうですっ、けど…エージ先輩、普段が普段ですから…」 「〜〜〜〜〜！」 必死の言い訳が、余計に菊丸の神経を逆なでしてしまい… 「む ―― っ、もう怒った！ 　いくらちゃんでも、今日ばっかしは許さないんだからねッ！」 「きゃ…！？」 菊丸はの両手首を捕らえて一つにまとめると、 抵抗できないように片手でがっしりとつかんだ。 「エ…エージ先輩、何するん…」 「ちゃん、おイタしちゃあ、めっ！だよ。 　悪いコトする子にはお仕置きッ！！」 そう言うと、菊丸は空いているほうの手で の脇腹をこちょこちょとくすぐり始めた。 「ひゃアァっ！！」 実は脇腹が弱点なは、たまらず悲鳴をあげた。 「やあ…くすぐったいよう！　やめてえっ、きゃっはははは…」 「ダーメっ！　俺、超ショックだったんだからねっ！」 「いやぁぁはははははは…」 どうにも逃げられないくすぐったさに、 はもうなにがなんだか分からないといった状態で、 身をよじらせながら笑い転げている。 「あはははは…ッ…苦しっ、やだぁ… 　ご、めんな、さぁい…もぉ、許してえ…っははは…」 「ここまで作るの、すっごくタイヘンだったんだよッ！？ 　いっぱい反省してくんなきゃダメ！」 「あっはは…っ…も、やだよぉ…お願っ… 　エ…エージせんぱぁ…やああんッ！！」 「ぅわ！？」 我慢できなくなったが体を大きくのけぞらせたせいで、 彼女を抱き込んでいた菊丸はバランスを崩してしまう。 「わわっ！？」 「きゃあ！」 菊丸はそのまま前のめりに倒れ、 に覆いかぶさる形になってしまった。 目の前には、大笑いしていたせいで息が上がって紅潮したの顔。 大きな瞳には涙をいっぱいに溜めている。 「ちゃん…」 「…エージ先輩…重い…」 「あっ…ご…ごごごごごめんねちゃ…！」 我に返った菊丸が、の上からあわてて退こうとしたその時。 ―― ガラッ！！ 美術室のドアが、勢いよく開かれた。 「何やってんのかな、２人とも。」 そこには、いつになく素晴らしい笑顔の不二が立っていた。 そのままの体勢で硬直する２人。 全身の血の気が、スーッと引いていくのを感じた。 「ふ、不二…どうしてここに…？」 「美術の課題提出が今日までだから手伝ってくれ、って 　泣きついてきたのは英二のほうでしょ？ 　一人で頑張ってるかと思って、委員会早めに切り上げて来てみれば…」 「不二先輩…違うんです…これは…」 「何が違うの？ 　そんな格好しちゃって、もう言い逃れはできないよねぇ…？」 先程まで晴れていた空は、いつの間にか真っ黒な雲に覆われていた。 薄暗い教室の中を、笑顔のまま、じりじりと歩み寄ってくる不二。 「校内での不純な行為、風紀委員として見逃すわけにはいかないな。 　２人とも…お仕置きだよ？」 不二が目を見開いた瞬間、窓の外に稲妻が走った… ―― 合掌。 Back