ただいまピンチですー。 「んーっ…！」 自宅近くのテニスコートで、ひとりストレッチ運動をする。 コート脇に立てられた時計は、２時４０分を指している。 「ちょっと早く来すぎちゃったかな…」 はこのコートで海堂と待ち合わせをし、 スネイクの打ち方を教えてもらう約束をしているのだった。 「薫ちゃん部活終わるのが３時って言ってたから、 それからここに来ると…？ ま、いっか。それまで壁打ちでもしてよーっと…」 ラケットを手に立ち上がると… 「もうっ、ケンちゃん少しは手加減してよぉ！」 「ご、ごめんねクミちゃん…」 ２人の子供の声。 コートの中を見ると、小学校低学年くらいの男の子と女の子が 体の割にはちょっと大きいラケットを抱えるようにして 打ち合いをしている。 「ちっとも当たんないよー。どうして？」 「クミちゃん、力入れすぎなんだよ。そこはこうやって…」 「あ、当たった！ 当たったよケンちゃんっ！」 どうやら、男の子のほうがテニスの腕は上のようだ。 できないできないと騒ぐ女の子に、 控え目ながらも懸命にアドバイスを送っている。 その光景に、思わず笑みがこぼれてしまう。 「（なんか…小っちゃい頃の私と薫ちゃんみたいだな…）」 は入学前に海堂と一緒に買ったHEADのラケットを きゅっと胸に抱いた。 穏やかな午後のひと時、のはずだった。 が… 「お、こんなところにテニスコートがあんじゃん。」 「丁度いいや、今日はここでやろーぜー。」 見るからにガラの悪そうな男子中学生の団体が、 どやどやとコートに入りこんできた。 そろいのジャージの胸の部分には、“銀華”と書かれている。 「堂本、いつものパワーサーブ見してくれよ。」 「おう、いっちょ勝負すっか福士？」 各々ボールやラケットを取り出し、ウォーミングアップを始める 銀華中男子テニス部員の面々。 だが、すでに小さな先客が２人いることに気付くと… 「オラぁガキども！！」 福士と呼ばれた彼らの中のリーダー格が、いきなり子供達をどなりつけた。 「ここはこれから俺らが使うんだよ。とっとと出て行きな！ グズグズしてんとブッとばすぞ！」 子供達はすっかりおびえて、今にも泣き出しそうだ。 「やめなさいよッ！ 怖がってるでしょ！？」 その様子を見かねたが、彼らの間に割って入った。 「「（か…かわいい…！）」」 突然現れた女の子に、銀華中一同は目を奪われてしまう。 「このコ達が先に使ってたんでしょ！？ アンタ達こそ出て行ったらどうなの！？」 相手が男だろうと大人数だろうと、お構いなしで言い放つ。 勇敢と言うべきか、無鉄砲と言うべきか… そんな彼女を見た銀華中は、誰からともなく目配せすると、 ニヤニヤと笑いながら歩み寄ってきた。 「そんなに言うならテニスで勝負しようぜ。」 「望むところよ！」 「お前が勝ったら、ここから出てってやるよ。 その代わり俺らが勝ったら…罰ゲームな？」 「罰ゲーム…？」 は、なにがなんだか分からない様子。 というか、相手はいかにも悪役顔な男子中学生の集団。 いいかげん察してください…（呆） 「なんかよく分かんないけど…とにかく私が勝てばいいんでしょ！？」 「お姉ちゃんもういいよ、やめてよぉ！」 「あの人達、強そうだよ？ お姉ちゃん負けちゃうよ！」 コートに向かうを、子供達が引き止める。 「大丈夫、まかせといて！」 は２人の頭に手を置くと、にっこりと笑った。 しかしその背後では、銀華中の面々が 意地悪な笑みを浮かべていた… ＊ ＊ ＊ ネットをはさんで向かい合う福士と。 審判台には、別の銀華中部員が座っている。 「忘れんなよ！ 俺が勝ったら罰ゲームだぞ！」 「えーいいですよ、絶対負けないんだから！」 「ふん…負けてから死ぬ気で謝ったって許してやんねぇからな！ そんじゃ俺からいくぜ…はぁ〜〜〜銀華っ！（←かけ声）」 こうして、福士のサーブで始まった試合。 「（なぁんだ…いばってる割にはたいしたことないじゃない…）」 ふたを開けてみると、の圧倒的優位だったが… 「（このまま一気に片付けちゃえ。 隅っこを狙って…よし、入った！）」 「アウト！」 「え！？」 ボールの跡がくっきりとライン上に残っているにもかかわらず、 審判役の部員はアウトを宣告した。 「どこ見てんの？ ちゃんと入ってるでしょ！？」 「うるせーな、アウトなんだろ田代？」 「ああ、アウトだね。」 「ほら見ろ、審判がアウトっつったらアウトなんだよ！ 文句言うなよな！」 「そんな…」 これを皮切りに、銀華中のイジワルテニスが始まった。 「アイーン、俺も入るぜ！」 「オオ ―― ッ、堂本っ！」 ドレッドヘアーの部員が、いきなりコートに乱入してくる。 「ちょっとーっ、２対１なんて卑怯だよ！」 「別に１対１じゃなきゃいけないなんて言ってねーもん。」 「…っ！」 はそれにも負けずに、 サイドラインぎりぎりを狙って打ち込んでいくが… 「アウト！」 「ど…どうして！？ どう見たって今度は絶対入ってる！」 「俺らは２人だけどお前一人じゃん。 だからシングルスコートに返さなきゃいけないんですぅー！」 「くっ…！」 さらに、が得意のボレーを打とうとしたその瞬間、 「パンツ丸見えー！」 「ええっ！？」 脇で見ている部員のヤジに気を取られたの横を、 あっけなくボールが通り過ぎていく…。 冷静に考えれば、この日のはＴシャツにスパッツといういでたち。 パンツが見えるわけがない。 「ひどいっ、騙したの！？」 「騙されるほうが悪いんだろー？」 ゲラゲラと笑う部員達。 「…！」 は、ぎゅっと唇を噛みしめた。 ＊ ＊ ＊ 「ゲームセット！」 結局、試合は銀華中総出のズルによっての完敗。 「う…うそでしょ…？」 「「罰ゲ――ム！ イェ――イ！！」」 信じられないという表情で立ちつくすをよそに、 銀華中の面々は大いに盛り上がっている。 「それじゃー始めようぜ…」 「ほんっとかわいいよなーこの子…」 いやらしい笑いを浮かべながら近付いてくる部員達。 はじりじりと後ずさりし、気付いた時には フェンスを背に大勢に囲まれていた。 「なっ…何なのよ罰ゲームって！？」 恐る恐るが尋ねると… 「「俺ら全員とキスするの刑〜！」」 「な…っ…！？」 色めき立つ銀華中の中、の頭は混乱して真っ白になる。 「アイーン、まずは俺だ！」 「フザけんな堂本！ 最初っから試合やったのは俺だぞ！？ 俺が先だ！」 「わーったよ福士。んなら俺は途中出場だからその次な。」 …………… 妙な取引が遠くで聞こえた気がした。 「っや…！」 福士は、の体を乱暴にフェンスに押しつけた。 「離してよっ…」 体をよじって抵抗するが、両腕を押さえつけられていて どうすることもできない。 「…やめて…」 「へっ、さっきまでの勢いはどーしたよ？ ま、気が強い子ほどいじめがいもあるんだけどな。」 「う…っ…」 の目に涙がたまっていく。 「うわ、マジかわいい。」 「たまんねーなその顔…」 哀れみを含んだその表情に、福士始め部員達は ゴクリと生ツバを飲み込んだ。 「そんじゃトップバッター福士、いきまーす…」 「や…やだあ…」 はぎゅっと目を閉じて、精一杯顔をそむけた。 だんだんと近付いてくる福士の顔… 、絶体絶命の大ピンチ！！ するとその時… シャオオッ…ボゴッ！！ 大きなカーブを描いて飛んできたテニスボールが、 福士の頭を直撃！ まさに間一髪とはこのこと。 福士はそのままバタリと倒れて、気を失ってしまった。 「ふ、福士！？」 「誰だ！？」 部員達が振り返ると、 「フシュウゥゥゥ…」 そこには海堂が、世にも恐ろしい形相で立っていた。 「てめェら…に手ェ出すんじゃねェ…」 地の底から聞こえてくるような、ドスのきいた声。 鋭い視線に背筋が凍りつく。 銀華中の面々は、海堂の背後に大蛇を見た…気がした。 「あ…あいつは確か青学の…」 部員の一人が言うよりも早く… 「失せやがれ！！！」 「「ひええええっ！」」 海堂の一喝で、銀華中はノビている福士を引きずりながら 一目散に逃げていった。 ＊ ＊ ＊ 「っ…！」 半ベソをかきながらぺたりと座り込んでいるに、海堂が駆け寄る。 するとは海堂にぎゅうっとしがみつき、その胸に顔をうずめた。 「薫ちゃぁん…怖かったよぉ…」 「オ、オイ…っ！？」 よほど怖かったのだろう、そのまま離れようとしないに、 海堂は耳まで真っ赤に染めてあたふたしていた。 「お姉ちゃんだいじょーぶ？」 そこに、先程の子供達がやって来る。 「ごめんね…私、勝てなかった…」 「いいの、悪いのはみんなあの人達だもん。 助けてくれてありがとう！」 申し訳なさそうにうつむくに、女の子がにっこりと笑いかける。 「お兄ちゃんのショット、すっごいかっこよかったよ！」 男の子が少し興奮気味に続ける。 「僕もお兄ちゃんみたいに強くなるんだ。 それでクミちゃんがピンチになったら助けてあげるからねっ！」 「うんっ、ありがとケンちゃん！」 そう言うと、女の子は男の子のほっぺたにちゅっとキスをした。 「「………」」 おマセな２人を見て、あっけにとられる海堂と。 「す…すすんでるんだね…」 「えーこんなの普通だよー。 …あ、そうだ！ お姉ちゃんもお兄ちゃんに助けてもらったんだから、 ありがとうのチューしなきゃ！ ホラ早くぅ〜〜！」 「「……………」」 海堂とは、思わず顔を見合わせてしまった。 ＊ ＊ ＊ 「が世話になったね…」 後日、銀華中に単身乗り込んだ不二（開眼Ver.）によって、 男子テニス部員達は精神崩壊寸前にまで追い込まれたという… Back |