ゴメンネ 「ちゃん、おっはよ〜ん！」 小っちゃな背中に後ろから抱きつくと、 「おはよーございます、エージ先輩！」 俺の腕の中でくるっと方向転換して、抱きつき返してきてくれる。 　ちゃん。中学の後輩。 すっごくかわいくて、明るくて元気で、友達もたくさんいて… とにかく、サイコーな女の子なんだ。 もう、メロメロってかんじ。 ちゃんは、俺にとてもなついてくれてる。 笑いかけてくれたり、優しくしてくれたり、甘えてくれたり… 俺、そんなちゃんが大好きなんだ。 でもちゃんは、他の女の子達と比べるとちょっとコドモっぽくって、 俺のこと、男として見てくれてないんだよね〜…。 それで時々むなしくなったりもするんだけど… とにかく俺達は、めちゃくちゃ仲がいい。 そんなある日のこと… ＊　　　　　＊　　　　　＊ 「エージ先輩のワカランチン！」 「なんだよ、ちゃんのオタンコナス！」 俺達は、初めてケンカをした。 「ケチ！」 「ワガママ！」 「意地っぱり！」 「どチビ！」 「い ―――― っだ！！」 「べ ―――――― っ！！」 周りのヤツら、みんな驚いた顔してこっちを見てる。 そりゃそうだよね、いつも仲良しの俺達が 言い争いなんてしてるんだから。 でも、ちゃんが俺を怒らせたからいけないんだよッ。 「…もういいっ！　エージ先輩なんか知らないっ！」 でっかい声。耳、痛っ！ だから俺も、売り言葉に買い言葉で叫んでた。 「ちゃんなんて大っ嫌いだよッ！！」 「…っ」 …あれ？　ちゃん今、一瞬悲しそうな顔した？ だけどもう後には引けなくなってて… ちゃんは、何も言わずに走っていってしまった。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ あれから一週間。 ちゃんとは一言も話していない。 それでも、ちゃんのことを考えない時はなかった。 “ちゃんなんて大っ嫌いだよッ！！” …嘘だよ。そんなの嘘。 今でも大好き。 でも、あの時のちゃんの顔が忘れられない。 きっと、すごく傷ついたよね。 俺のこと、嫌いになっちゃったよね…。 一緒にいる時は、いつも楽しかった。 笑ったり、抱きついたり、じゃれ合ったり。 ちゃんはいつも、最高の笑顔を俺に向けてくれてた。 大事にしたかったのに。ホントに大好きだったのに…。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 「英二。」 その日の部活の後、着替えをしていたら、大石に声をかけられた。 「大丈夫か英二。このごろ、全然プレーに集中できてないぞ。」 「………」 「気になってるんだろ？　さんのこと。」 「ど、どうして分かるの大石ぃ！？」 「見てれば分かるよ。英二、いつもさんを目で追ってるから。 　テニスだけじゃなく、何も手につかないんじゃないのか？」 「う…」 さすが大石。なんでもお見通し、ってワケか。 「とにかくこのままじゃ英二のためにならないよ。 　早く謝っておいで。」 「………」 「英二？」 分かってる。分かってるよ。 俺だって、早く仲直りしたい。 でも… 「だって俺、すっごくヒドイこと言った！ 　きっとちゃん、怒ってるよ。 　俺のこと、嫌いになっちゃったよ…」 「…それはないと思うよ。」 「どうしてそんなこと分かるのさ！？」 だってちゃん、あんなに悲しい顔してた。 すると大石は、少しだけ笑って言った。 「英二は気が付いてないと思うけど、この一週間、 　ずっとさんも英二のほうを見てるんだよ。 　さんだってきっと、英二と同じ気持ちなんじゃないかな。」 鼻の奥が、ツンと痛くなった。 やっぱり大石には敵わないや。 「お…俺っ、ちゃん探して謝ってくるっ！」 俺は、部室を飛び出していた。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 校舎には、もうほとんど人が残っていなかった。 それでも俺は、必死でちゃんのいそうな所を探し回った。 明日になれば必ず会えるって分かってるけど… とにかく早く“ごめんね”を言いたかったから。 でも、どこを探しても見つからなくて… 仕方なく俺は、自分の教室に戻った。 すると… 「！」 窓側から２列目、いちばん後ろにある俺の席。 ちゃんはそこにポツンと座って、机に顔を伏せていた。 そうっと近付いてみると、すうすうと寝息が聞こえる。 外はもう暗いし、寒くなってきたから、カゼひいちゃうといけないよね。 そう思って俺は、学ランを脱いで ちゃんの肩にかけてあげた。 一つ前の席に後ろ向きに座って、 眠っているちゃんを眺めてみる。 「……………」 ここにいるってことは、俺に会いに来てくれたのかな？ 大石が言ったとおりで、俺に謝りたくて、 待っててくれてるうちに眠くなっちゃったのかな？ そう思うのって、うぬぼれてる？ でも、そう思っても、いいよね…？ 俺達以外に誰もいない教室は、静かすぎてちょっとだけ寂しい。 ………………………… ちゃん… 「うー…ん…？」 しばらくしてから、ちゃんがゆっくりと顔を上げた。 「あれ…？」 先に肩にかけられた学ランに気が付いて… 「あ…！」 それから目の前にいる俺を見て、びっくりしたような顔をした。 今までうつぶしてたから分かんなかったけど、 ちゃん、目の周りが赤くはれちゃってる。 「泣いてた、の…？」 「少し…」 ちゃんは、気まずそうに下を向いた。 言わなきゃ。 “ごめんね”って、言わなきゃ…！ 「「あの…ッ！」」 ２人の声が重なってしまう。 「な、何？　ちゃん…」 「エージ先輩から、どうぞ…」 「……………」 「……………」 「じゃ、じゃあ、“いっせーのーせっ”で言おっか？」 「はいっ！」 「「いっせーのーせっ」」 「「ごめ……………ぷっ」」 俺達は、顔を見合わせて吹き出してしまった。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 「ごめんねの握手、しよ。」 俺は椅子から立ち上がって、右手を差し出しながら言った。 「はい…」 ちゃんも立ち上がって、俺の手をとろうとする。 初めは、普通に握手するつもりだったんだよ。 だけど… ―― ぐいっ。 「！？」 俺は、ちゃんの腕をつかんで強く引っぱって… そして、倒れ込んできたちゃんをぎゅっと抱きしめていた。 「エ、エージせんぱ…」 「なんにも言わないで。」 上目づかいで抗議してくるちゃんの言葉を遮って、 もっと腕に力を込めた。 だって、いつもしてたコト、一週間もしてなかったんだよ。 ずうっと、我慢してたんだよ。 もう、限界だったよ… 「先輩、苦しいです…」 耐えらんなくなったちゃんが、すっごくかわいい声で言うから、 もうちょっとだけワガママ言ってみたくなった。 「ちゃんも、ぎゅってしてよ。」 「え…？」 「今までおあずけしてた分、いっぱいして。 　してくんなかったら、許してあげない。」 するとちゃんは、俺が言ったとおり、 だけどこうして改まっちゃうとなんだか恥ずかしいみたいで、 中途半端に俺の脇の辺りまで手を伸ばして、 きゅっとしがみついてきた。 「エージ先輩、ごめんなさい。嫌いになんてならないで。 　先輩がいないのは、寂しかったです…」 「俺も寂しかったよ。ヒドイこといっぱい言ってごめん。 　大嫌いなんて言ってごめん。 　全部、嘘だからね。ホントにごめんね…」 俺、今まで気が付かなかった。 ちゃんて、こんなにあったかかったんだ…。 いつもこうやって抱き合ってるはずなのにね。 それに今日は、胸がすごくドキドキしてる。 触れたところからちゃんに聞こえちゃうんじゃないかな、って 思うくらいに。 大好きだよ、ちゃん。 どんなに言葉にしても、足んないくらい大好き… ＊　　　　　＊　　　　　＊ 「さ、帰ろっか。遅くなっちゃったから、送ってくよん。」 こうして、すっかりいつもどおりに戻った俺達は、一緒に帰ることにした。 その帰り道… 「エージ先輩、どうしてさっき、ぎゅーってしたの？」 「えっ、えっと…あれは…その…仲直りのシルシ！　…かな？」 「仲直りの…？」 「そだよ。でも…今度ケンカした時には、チューしてもらうからね？」 「はイぃ！？」 「へへっ、冗談冗談♪　ちゃん、赤くなっちゃってかーわいー！」 「もうっ、エージ先輩っ！！」 …冗談なんかじゃなくて、ホントにしてほしいんだけどね。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 翌日、俺は大石に仲直りの報告をした。 「良かったな英二、さんと仲直りできて。」 「うんにゃ、大石のおかげだよ。感謝感謝〜。」 「それで結局、ケンカの原因って何だったんだ？」 「え゛…！？　あ…あんまし言いたくない…かも…」 「あれだけ周りを騒がせといて、それはないだろう。」 ホントにホントに言いたくなかったんだけど…。 俺は、ついに観念した。 「じゃあ言うけど…それが…その… 　“エビフライのシッポは食べるか残すか”…って…ことで…ね…」 「………………………………………………………」 あ〜あ、大石固まっちゃってるよ…。 だから言いたくない、って言ったのに〜…。 Back