薫争奪三本勝負！ 関東大会を目前に控えた、ある日の昼休み… 「かおーるちゃん！」 弁当箱を手に２年７組の教室にぴょこっと顔を出したのは、 海堂の幼なじみで隣のクラスの 。 「一緒にお昼食べよっ。」 「クラスの奴はどうした…？」 「美咲ちゃんは彼氏のとこ行っちゃったし、 綾菜ちゃんは委員会だし… あ、薫ちゃんのお弁当、おそばが入ってるー！ すごーい！」 「おいコラ、勝手に開けるな！」 「お弁当は半分こね、いっただっきまーす！」 「…ったく…」 は海堂の前の席の椅子を引き、後ろ向きに座った。 「おいしいね！」 「あぁ…」 近寄りがたい雰囲気で“マムシ”の異名を持つ海堂と、 小柄でかわいらしい容姿の。 この２人が向かい合って仲良くそばをすすっている光景に、 生徒達の目は釘付けになっていた…。 「、今度の日曜のことなんだが…」 突然、海堂が話を切り出す。 「ん、映画行くの、楽しみだねっ。」 「それが…急に先輩と自主練をすることになって…」 「そっか…」 は一瞬がっかりした顔をしたが、物分かりは悪くない。 すぐににっこりと笑って言った。 「もうすぐ関東大会だもんね。仕方ないよ。頑張れっ！」 「すまない…」 「でも…誰と練習するの？」 「！」 なぜかビクビクする海堂と、“？”といった顔で首をかしげる。 「誰と？」 「………」 「ねぇ、誰と？」 「………乾先輩。」 「 ―― ！」 とたんにの表情が変わる。 「また乾先輩なのッ！？」 の大声に、クラス中の視線が２人に集中した。 「この前だって一緒に新しいシューズ見に行こうって言ってたのに、 薫ちゃん、乾先輩のとこ行っちゃったんだよ！？」 「それは…乾先輩とダブルスを組むことになったからで…」 「知ってるよ！ 知ってるから我慢しようって思ってたけど… 最近薫ちゃん、乾先輩乾先輩ばっかり言ってて変だよ！」 「……」 「もういいよ！ そんなに乾先輩がいいなら、 おそばだって乾先輩と一緒に食べればいいんだーッ！！」 そう叫ぶと、は自分の弁当箱を抱えて教室を飛び出していった。 「（なによ…薫ちゃんの一番の仲良しは私なんだからねッ…！ こうなったら、打倒・乾先輩！ 薫ちゃんは渡さないッ！！）」 は、なんだかよく分からない闘志を燃やし始めていた…。 ＊ ＊ ＊ ROUND１：野菜汁対決 ※乾先輩の野菜汁よりもさらに強烈な野菜汁を飲ませてノックアウトする作戦。 「エージ先輩、つきあってください！」 「へ？ 今なんて…？」 「つきあってください！！」 「ちゃん…ホントにホントに俺でいいの？」 「はいっ、お願いします！」 「ぃやったァ〜ッ！」 真剣な表情のの前で、 菊丸は拳を突き上げて小躍りする。 「…って、コレどーゆうコト！？」 数十分後、袋いっぱいの野菜をぶら下げて、 スーパーマーケットから出てきた菊丸と。 「え、だって一人じゃ持ちきれないと思ったから… 本当に助かりました、エージ先輩っ！」 「（“つきあってください”って…買い物のことだったのかぁ…）」 心底がっかりした菊丸だったが、 の喜ぶ顔が見られただけでも良しと思うことにする。 「こんなにいっぱい買って、何作るの？ できたら俺にも食べさせてねん。あ〜楽しみだ〜♪」 「エージ先輩っ！」 突然、恐い顔で振り返る。 「遊びじゃないんです！ これは乾先輩から薫ちゃんを取り戻すための戦いなんです！」 「ほえ？」 「冬虫夏草は川原で取ってくるしかなさそうね… あとは隠し味に、この前薬局のおじさんにオマケでもらった マムシドリンクを入れれば…」 「（なんか知らないけど海堂のためとか言ってるし… はぁ…俺って一体…）」 何やらブツブツ言っているの後ろで、 菊丸は大きなため息をついた。 そして… 「乾先輩乾先輩〜！」 「さん。何か用かな？」 「あのっ…私、乾先輩を見習って“特製野菜汁”を作ってみたんです。 それで乾先輩にも飲んでいただきたいなーと思いまして…」 は、暗緑色の液体を差し出しながら言った。 近くのベンチでは、何杯も試作品を飲まされた菊丸がグッタリとしている…。 「どれ…」 コップに口をつける乾を、は期待のまなざしで見つめていた。 だが乾は、顔色一つ変えることなくそれを飲み干してしまった。 「うーん…ちょっと苦味が足りないね。 それにもう少し、酸味があってもいいんじゃないかな。」 「あれ…？」 「ところでさん。」 「はい？」 「俺もちょうど“乾特製野菜汁ハイパーリミックス・Version６．５”を 完成させたところなんだ。 飲んでみてくれないかい？」 「え、あ、あの…遠慮しておきます…」 「まあそう言わずに。」 逆光で迫ってくる乾。 …………… 「いやあああぁあぁあ〜〜〜！！！」 …ROUND１・終了。 ＊ ＊ ＊ ROUND２：データ対決 ※乾先輩自身のデータを集め、そこから弱点を割り出してノックアウトする作戦。 「…とは言ったものの…」 は、男子テニス部が練習しているコート脇の植え込みの中に隠れて、 ノートとニラメッコしていた。 「身長１８４ｃｍ、６月３日生まれの双子座、血液型ＡＢ型、 得意科目は物理、好きな色は黒、プレイスタイルはサーブ＆ボレーヤー、 右利き、必殺技はデータテニスと高速サーブ… …っていうかコレ、データって言うよりプロフィールじゃん。 こんなんで乾先輩の弱点が分かるかっつーの！」 が自分で自分にツッコミを入れていると… 「バーニング！ …しまった外したショッキ―― ング！！」 ―― ボスッ！！ 河村がサーブミスした球が植え込みを直撃！ 「いっったぁ―― い！！」 同時に、の悲鳴。 「いたたた…」 河村のバーニングサーブをまともにくらったは、 たまらず植え込みの中から這い出てきた。 「ちゃん！？ ごめん、そんなとこにいたなんて知らなくて…」 「大丈夫か、…」 「っていうか、なんでさんがこんなところに…？」 河村を筆頭に、男子部員が集まってくる。 「ん？ なんだこれ…」 「あっ、それは…！」 乾は、側に落ちていたノートを拾い上げると、パラパラと中を見た。 「これは…俺のデータだね？」 「あの…と、友達に乾先輩のファンの子がいて… それで…（苦しい言い訳）」 「だけどさん。」 「は、はいぃ…」 「まだまだデータの取り方が甘いようだね。 なんなら参考までに、俺のデータノートを見てみるかい？」 「い…いえ、け、結構です…」 「まあそう言わずに。」 またしても逆光で迫ってくる乾。 …………… 「きゃあああぁあぁあ〜〜〜！！！」 …ROUND２・終了。 ＊ ＊ ＊ ROUND３：練習量対決 ※もう汁とかデータとかいう姑息な手段は一切ナシ 乾先輩以上の練習をして強くなって、正々堂々テニスの試合でノックアウトする作戦。 「薫ちゃんがいつもの練習量の３倍で乾先輩がその２．２５倍…で、 それ以上ってことだから、私はその１．５倍ってとこかな。 そうすると３×２．２５×１．５＝１０．１２５倍…ってことは… 四捨五入して… 朝ランニング３４km、部活後ランニング３４km、夜ランニング３４km、 前後ダッシュ５０本×１０、素振り５０６３回〜〜！？」 ボ ―――――――― ン… 「…や…やるしかないッ！！」 そしてついに… 「ちゃんが入院〜！？」 「うん…なんでも、肺炎になる寸前だったらしいよ。」 「どうしてそんな…」 「それが…雨の中、夜ランニングに出かけて、体力使い果たして 行き倒れているところを翌朝遠い町で発見されたっていう…」 「……………………………」 ＊ ＊ ＊ 「海堂。練習を始めようか。」 「スンマセン乾先輩。俺、今日はどうしても…」 「そうか。それなら明日は、今日の分と一日のブランクを埋める分、 合わせていつもの２．７５倍練習してもらうことになるが… いいかな？」 「ハイ…」 …………… そうして海堂がやって来たのは、が入院している病院。 「薫ちゃん…！？」 は少し驚いた表情で、ベッドの隣に腰掛けた海堂を見た。 「どうして…こんな無茶をした…？」 「…乾先輩に勝ちたかった、から…」 は布団を口元まで引き上げて、顔を背けながら言った。 「もとはと言えば、薫ちゃんがいけないんだよ…」 「…」 「……」 「そんなに俺が乾先輩と組むのが嫌だったのか…？ それならダブルスを解消…」 「違うの！！ …ッ、ごほっ、ごほっ…」 弱った体で突然起き上がって叫んだせいで、ひどくむせてしまう。 海堂はの背中をさすって落ち着かせると、 ベッドに寝かしつけて布団をかけてやった。 「…ごめんね…本当は分かってるの、私のわがままだって。 ただ…ね、薫ちゃんが乾先輩に取られちゃったような気がして… 寂しかったんだ…」 「…」 「でも、こうして来てくれただけで十分だよ。 よかった、忘れられてなくって。」 海堂を見上げるの目は、先程咳込んだせいか、 少しばかり潤んでいた。 そんな表情さえもかわいいと思えてしまう自分がおかしくて、 海堂は苦笑する。 「退院したら、映画と…それからシューズ、見に行くからな。」 「もう一つ…お願いしていい？」 「なんだ。」 「スネイクの打ち方、教えて。」 「ああ、分かった。」 「嬉しい…」 「…ダブルス、頑張って…ね…」 「…………………………」 海堂に髪をなでられながらずっと心地良さそうに 目を細めていただったが、 安心しきったのか、いつの間にか眠ってしまっていた。 「ばかやろ…」 海堂は、を起こさないように、そっとその額に唇を落とした ―― Back |