君へのエール 「（つ…強い…）」 青学女子テニス部の２年生レギュラー、 は苦戦していた。 都大会後半戦、女子団体の部・コンソレーション（５位決定戦）。 関東大会出場枠の残り一つをかけた戦い。 青学は、シングルス３まで終えて１勝２敗。 全てはシングルス２のにかかっていた。 「（勝たなきゃ…絶対勝って、シングルス１の 美奈子先輩につなげるんだから…！）」 気迫は十分でも、体が言うことを聞かない。 得意のネットプレイの裏をかかれて左右に走らされた結果、 体力は限界に達していた。 足が思うように動かず、球に追いつくのが精一杯だった。 ＊ ＊ ＊ 「先輩、頑張って〜…」 女子テニス部１年生の桜乃は、他の部員達とともに、 はらはらしながら試合を見守っていた。 「ふーん、まだまだだね。」 聞き覚えのある声に桜乃が振り返ると、そこにいたのは… 「リョーマ君！ それに桃城先輩も…！」 「よっ。」 その後ろには、レギュラー陣を始めとする 男子テニス部員達の姿があった。 「あ…準決勝、終わったんですか？ どうでした？」 「それが銀華中の奴ら、いきなり棄権しちまってよぉ。 つまんねーな、つまんねーよ。」 彼らもまた同会場で行われている男子団体の部に出場しており、 コートの移動途中に観戦に来たのだった。 「…で？ こっちの調子はどうよ？」 「それが…今、先輩がシングルス２で出てるんですけど、 もう後がなくて…」 「４−５か…の奴、相当疲れてんな…」 「はい…初めは先輩がリードしてたんですけど…」 桃城と桜乃がそんな会話をしていると… 「信じられない。さんが負けてる…？」 「ああ、リズムが狂ってるな。」 いつの間にか、不動峰中の橘 杏・神尾・伊武が観戦に加わっていた。 「お、不動峰じゃん。お前ら、ケガのほうはもういいのか？」 桃城が声をかける。彼らは会場に来る途中で事故に遭い、 コンディション不良のため準決勝を棄権したのだった。 「今、病院から戻ったところだ。検査の結果も問題ないって。」 「そうか、よかった。」 「あの〜…皆さん、先輩のお知り合いなんですか？」 桜乃が杏に尋ねる。 「ああ、そうか。あなたは入部したばかりだから知らないのね。 青学は、練習試合で時々うちの中学に来てるのよ。 私も対戦したことあるけど、さんって強いよね。」 「そうそう…あの子、俺達にまで試合ふっかけてくるんだよね… いくら俺達が地区予選決勝で青学に負けたからって 女子にまでバカにされちゃたまったもんじゃないんだけど、 あ、でももとはと言えば俺が青学の１年に負けたのがいけないんであって、 そもそもあの時…」 「もう、深司君たら。」 「…すんまそん。」 その時… 「ゲームセット！」 ワアアアアッ ―― ！ 審判の声とともに、歓声があがる。 「ゲームウォンバイ…」 は、ガクリとコートに両膝をついた。 青学女子テニス部の関東大会出場は叶わなかった ―― ＊ ＊ ＊ 「よく頑張ったよ、。」 「先輩、ドンマイです！」 「ナイスファイト！」 青学側のベンチから、ねぎらいの言葉が飛ぶ。 はしばらくの間、コートに両手をついたままうなだれていたが、 その後弾かれたように立ち上がると、 「あーもぉ悔しー、勝てる試合だったのにー！！」 と、心底悔しそうに戻ってきたのだった。 「ちゃん、お疲れさま。」 ベンチに戻ってきたを先頭で出迎えたのは 女子テニス部部長の美奈子。 「美奈子先輩…すみませんでした。 私が勝てば、次は先輩の試合だったのに… これじゃあ都大会６位で…関東大会は…ッ」 「ううん、いいのよ。今年はどこの学校もレベルアップしてる。 私だって次勝てるかどうか分からなかったもの。 それに、女子部は関東がダメでも夏に別の大会があるじゃない。 それに向けてまた頑張りましょう、ね？」 「…そ、そうですよね！ 先輩達だってまだ試合出られるチャンスはあるんですもんね！ よーしっ、今度は絶対負けないぞ！ さっそく明日から強化練習だっ！！」 「もう立ち直っちゃってるよ…ホント前向きだなぁ、は。」 「超プラス思考っていうか何ていうか…ともかくお疲れ、ちゃん！」 「ナイスゲーム、！」 瞬く間に、の周りに女子部員の輪ができる。 そんな中。 「残念だったね、さん。」 の背後から声をかけてきたのは… 「乾先輩！」 「敏捷性と瞬発力は申し分ない。あとはそれを維持する持久力だ。」 「…おっしゃるとおりでございます。」 「ところで、」 なぜかいきなり逆光になる乾。 「疲労回復に乾特製野菜汁はいかがかな？ なんなら、こっちのペナル茶もあるんだが（負けたからね）。」 と、右手に緑色の、左手に赤色の液体の入ったコップを取り出した。 「ちょっ…！ 乾先輩それは…！」 海堂が止めに入るより早く。 「わーありがとうございます、いただきまーす！」 は赤い液体・通称ペナル茶を受け取って飲み始めた。が… 「う…っ！」 一口飲んだとたんに、顔が真っ青になる。 「口をつけたからには、最後まで飲んでもらうよ。」 背後で、乾の眼鏡が光った。 「うぅ〜…」 どうにも逃げ場がなくなったは… 「薫ちゃ〜ん…」 と、涙目で海堂に助けを求めた。 こうなってしまっては、海堂も放っておくわけにはいかない。 「チッ…！ よこせ！」 の手からコップを奪い取ると、それを一気に飲み干した。 そして、その後… 「くわあぁあぁぁ…ッ！！」 断末魔の叫びを残して、海堂はどこかへと走り去っていった…。 「ごめんね、薫ちゃん…」 合掌する。 「……」 「あの海堂君が…ウソみたい…」 女子部員達は、しばらく呆然としていたが… 「見かけによらず、優しいのかも…？」 「でもそれって先輩にだけじゃないですか？」 「もしかしてラブラブ！？」 「うっそぉ、似合わなすぎー！ あははははは…」 「もう先輩、やめてくださいよー。 私と薫ちゃんはそんなんじゃないですー！」 「えー？ 怪しーい！！」 勝手に話を発展させて盛り上がっていた…。 そんな女子の様子を見守る不二と菊丸。 「女テニは負けても明るいね。」 「うんにゃ、ちゃんがいつも元気だからねっ」 「くすっ…英二が言うんだから相当なもんだね、さんは。」 不二はにこっ、と笑った。 ＊ ＊ ＊ それから１０分後 ―― 海堂は、水道場付近に倒れていた。 「海堂先輩っ…？」 そこにやって来たのは桜乃。何やら慌てている様子だ。 「あのっ…、先輩見ませんでしたか…？」 「どうした…？」 「私達、ミーティングが終わって帰るところなんですけど、 先輩がいなくなっちゃったんです…！ もし見たら、戻るように言ってくださいね。 あ〜ん、先輩どこ行っちゃったんだろ…」 桜乃は、パタパタと走って行ってしまった。 「チッ…」 海堂はフシュウゥ…と息を吐き、その場を後にした。 ＊ ＊ ＊ 幼なじみのなせる技か、の行きそうな場所はだいたい見当がつく。 大会会場に隣接する体育館の裏に回ると… 人目につかないその場所で、 は抱え込んだ膝に顔をうずめて座っていた。 「…っ、…う…っ」 近付いてみると、は声をたてずに泣いていた。 海堂の気配を感じて上げたその顔は、涙でびしょ濡れだった。 「薫…ちゃん…」 「私のせいだ… 私のせいで…関東大会も…全国も…ダメになっちゃった…」 の言葉を、海堂は何も言わずに聞いていた。 「美奈子先輩に…つなげたかった… 美奈子先輩に試合させてあげたかった… それなのに…私は…ッ！」 は、うつむいて肩を震わせた。 「そんなに自分を責めるな…」 ようやく海堂が、重い口を開いた。 今大会の出場メンバーを決めた４月の校内ランキング戦。 新入生・越前リョーマにまさかの敗退を喫した海堂は、 動かなくなった自分の膝を何度もラケットで叩いて自らを叱責した ―― それほどまでに自分に厳しい彼だったから、 が彼女自身を責める気持ちは良く分かっていた。 それでも、が泣いている姿を見ていたくなかったから…。 だが… 「…っく、だっ…て、…ひっ…ん…」 はいっこうに泣き止もうとしない。 「…チッ…」 海堂は青学のレギュラージャージを脱ぐと、 それを乱暴にの頭にかぶせた。 ゆったりとしたジャージに、小さな体はすっぽりと収まってしまう。 「薫ちゃん…？」 涙を拭いながら顔を上げて見ると、 海堂はすでに背を向けて歩き始めていた。 「体が冷えたらいけねぇだろうが…」 一言、言い残して。 「……」 「…悔しいと思うから…」 ポツリと聞こえたの声に、海堂は足を止める。 「もっと強くなりたい…」 「………」 「できなくて、負けて、すごく悔しくて… だからもっと練習する。もっと頑張る。 薫ちゃんも、そうやって強くなってきたんだよね…」 「………」 「私…強くなるよ。」 一陣の風が吹き抜けた。 「…気が済んだら、早く戻ってやれ。探してたぞ。」 海堂は、振り返ることもなくその場を去っていった。 「……………」 は、海堂の立ち去ったあとをぼんやりと眺めていた。 そして、羽織り直したレギュラージャージの肩の部分に頬を押しつけて… 「あったかい…」 小さくつぶやきながら、目を細めた。 Back |