部長争奪無差別バトル！ よく晴れた夏の午後のこと。 鳳とは、今日もストリートテニス場で遊んでいた。 ベンチに腰かけて足をブラブラさせながら缶ジュースを飲むと、 そのあどけない仕草に目を細める鳳。 ここのところ前にも増して仲が良くなったと噂（？）の２人は、 現在休憩中の様子だ。 「…そういえば、氷帝はもうチョウタ達だけで活動してるの？」 「はい。でも皆さんちょくちょく顔を出してくださるので、 あんまり引退という感じはしてないんですけどね。」 「そっか、それなら寂しくないよね。」 ２人が話しているのは、全国大会が終わり ３年生が引退してしまった氷帝男子テニス部のこと。 大会時のレギュラーはほとんどが３年生で構成されていたことから、 彼らの抜けた穴を埋めるべく現在は新体制作りの 真っ只中といったところなのである。 「ただ…まだ校内戦が終わっていなくてレギュラー再編ができないので、 部長は不在の状態なんです。 近いうちには決まると思うんですけど…」 すると突然、が目を輝かせた。 「ね、それってチョウタが部長になるかもしれないってこと！？」 「そ、そうですけど…俺が部長だなんて、そんな器じゃないですし…」 「ねね、部長になったら試合の時は跡部さんみたいに出てくるの！？」 「そうなんですよ…恥ずかしいですよね、アレ…」 氷帝名物（？）部長入場セレモニーを思い出し、鳳は苦笑する。 だが一方のは、それとは対照的にさらに盛り上がってしまい… 「そうかー、チョウタが部長になったらアレやるんだよね！ 来年うちは薫ちゃんが部長でしょ、 （悪気はないが桃城達のことはすでに意識の外にあるらしい） それで氷帝と対戦することになって部長対決なんてことになったら…」 【ビジョン】 ※Genius１４４参照 「きた、部長だ…」 「そーだうちには鳳部長がいる。」 「ククク…」 スッ… 「「勝つのは氷帝！！ 負けるの青学！！ 勝つのは氷帝！！ 負けるの青学！！ 勝つのは氷帝！！ 負けるの青学！！ 勝つのは氷帝！！ 負けるの青学！！ 勝つのは氷帝！！ 負けるの青学！！」」 バッ 「「勝者は鳳！ 敗者は海堂！！ 勝者は鳳！ 敗者は海堂！！ 勝者は…」」 パチン バサッ 「お…俺です…っ」 …………… 「…いいっ！ それすっごくいいっ！！」 「そ…そう、ですか…？」 「うんうん、絶対かっこいいってー！」 「………」 の意外な感性に、少しばかり呆気にとられる鳳。 「あー…もう、そしたらどっち応援していいか迷っちゃうよぉ。」 「あはは、いいですよ俺は。 さんは海堂君を応援してあげてくださいよ。 …ちょっと寂しいですけど。」 「うん…もしそうなっちゃったらごめんね…」 「そんな、気にしないでください。 学校違うからしょうがないですよ。」 「でも本当にそんなふうになったらいいな、 薫ちゃんが青学の部長でチョウタが氷帝の部長で… …あ！ えっと…その…」 かなり興奮気味に話していただったが、 ここで何か思い出したかのように急に目をそらす。 鳳はその顔を不思議そうにのぞきこんだ。 「ん…？ どうしちゃったんですかさん？」 「あの…さ、やっぱり部長は正レギュラーの中から選ぶんだよね…？ チョウタ…校内戦は…どう…？」 遠慮がちに尋ねるに、鳳は優しくほほえんで答えた。 「…俺、あれから一度も負けてません。 けっこう黒星もついちゃってるんですけど… 今の調子ならなんとか正レギュラーにとどまれそうです。」 「そう…よかったぁ…」 の表情が、ぱあっと明るくなる。 ※このへんのいきさつについては『夏空の彼方に明日が見える』（リスト２）参照。 あのシリアスの後にこのばかばかしい話ってどうなんだろう… は嬉しそうに鳳の腕に絡みつくが、 ふとこれまでとは違う感触に気付いて顔を上げた。 「あれ、チョウタ少し腕太くなった？ 気のせいかな…」 「あ、腕ですか。俺、朝と部活の後に筋トレ始めたんです。 もう負けるのいやだし…強くなりたい、から…」 「チョウタ、頑張ってるね…えらいね…」 「さんっ…」 「大丈夫、チョウタならきっと部長になれるよ…」 「………」 鳳の首に腕をまわすと、それをそっと抱きとめる鳳。 どこからどう見ても彼氏彼女な２人だったが… 「ふざけるな鳳、部長の座は誰にも渡さん！」 ２人の間を引き裂くかのように突如現れたのは… 「日吉！？」 「あ、演武テニスの人だ！」（は氷帝戦を観戦していました） 日吉は表情一つ変えずに、くっついたままの２人に歩み寄る。 「俺が氷帝に入って１年半弱、跡部部長達が引退して ついにこの俺がシングルス１、そして部長になるチャンスが巡ってきたんだ。 それをみすみす他人に譲るわけにはいかないんだよ！」 ＜何アイツ…すっごいえらそう、カンジわる〜…＞ 熱弁を振るう日吉を無視してが鳳に耳打ちすると、彼は苦笑した。 ＜彼、根はいいヤツなんですけど… 次期部長のことで最近ちょっと神経質になってるみたいなので、 あんまり気にしないほうがいいですよ。＞ すると日吉は、を指差して言い放った。 「そこのお前、ふざけたことをぬかしやがって。 シングルスでの直接対決に勝った俺を差し置いて 鳳が部長になるだと？ 笑わせるな、バカも休み休み言え！」 「なっ…何よアンタ、リョーマ君にも薫ちゃん達にも負けたくせに！ チョウタはうちのダブルスに２回も勝ったんだよ！？ 次の部長はチョウタに決まって…」 「フン、確かに俺は負けて大会後レギュラーから外された。 だがこの校内戦でなんとしてでも正レギュラーにのし上がり、 果ては次期部長になってやる。 それでこそ（関東大会であの青学のチビ助に教えられてしまった） 真の意味での下剋上だ！！」 「…………………」 あまりの勢いに、は返す言葉も見つからない。 「鳳、部長になりたければシングルスで俺を倒してみろ。 まぁ、女と馴れ合っているような甘ったれが 俺に勝てるとは到底思えないがな！！」 日吉はそう言い捨てると、足早に立ち去っていった。 …………… 後に残されたは、きゅっと唇を噛みしめた。 「悔しい…あんなひどいこと言われて、私なんにも言い返せなかった…」 「さん、もういいですから…俺が日吉に負けたのも本当のことですから…」 「チョウタ…」 ガクリとうなだれてしまった鳳を見て、も表情を曇らせる。 「…ねぇチョウタ、アイツんちって確か 古武術の道場やってるんだったよね！？」 「そうです、けど… …ってあれ、さん？ さ〜ん、どこ行っちゃったんですかぁ〜…？」 鳳が顔を上げた時にはもう、の姿はどこかへと消えていた。 ＊ ＊ ＊ それから約１時間後。 「ここが…ヤツの本拠地…」 盗み見した乾のデータノートを頼りに、ようやくたどり着いた“日吉道場”の看板。 その前に立つは、関東大会の氷帝戦で桃城から配られた “青学必勝”のハチマキにぶかぶかの柔道着といういでたち。 そしてその帯の端には“海堂”の文字が。 【その頃の海堂家】 「薫兄さん、何か探し物ですか？」 「葉末、ここに出しておいた俺の柔道着知らねぇか？ 明日体育で使うんだよ…」 「あ、それでしたら先程さんがいらして、 決闘に行くから貸してほしいとのことで 持って行ってしまわれましたが…？」 「はぁ！？」 …………… 「チョウタの悪口を言うヤツは許さない、絶対私がやっつけてやる… …押忍！！」 掛け声とともに、道場の扉を一気に開く。 「（な…なんだこれは…）」 広々とした道場の中には、男ばかりが十数名。 ２人一組で組み手を行う者、その脇に一列に正座している者。 そして奥の壁の高いところには、“下剋上”と書かれた 巨大な額が掲げられている。 その異様な雰囲気に一瞬たじろぐが、 「お…押忍っ！」 と、もう一度気合いを入れ直す。 すると、入口付近にいた男が声をかけてきた。 「あの、入門希望の方ですか？」 「あ…い、いえ、違います…」 「ではどういったご用件で？」 「あのッ…ど…道場破りですっ！！」 し ―――――― ん… あまりにとんちんかんな返答に、道場中が静まり返る。 「君…本気で言ってるの？」 先程の男が、おそるおそる尋ねる。 「はいっ、私は…日吉 若を倒すためにここに来ましたっ！！」 「ええっ、日吉さんを！？」 男が驚きを隠せずにいると、奥のほうからさらにイカツイ男がやって来た。 「こんな小っこい女の子が一人で道場破りとは、 俺らも甘く見られたもんだな。 ここまで来た度胸は認めてやろう、 だが若さんを倒すというのは聞き捨てならねぇ。」 そこにいた全員が、じりじりとの周りに集まってくる。 「若さんに会わせるのは俺ら全員を倒してからだ。 まずは俺が相手してやる、さぁかかってこい！」 「倒しちゃっていいんですね？ …それじゃあ遠慮なくいかせてもらいます！」 「いででででで…！」 武術の心得など皆無のは、引っ掻く・噛みつく・急所攻撃…と 反則技のオンパレード。 それを見かねた他の門下生達も乱入して、 道場内はもはや収拾のつかない状態になってしまった。 「何すんのよっ、こんな大人数で寄ってたかって イジメるなんて卑怯だーッ！」 「卑怯はそっちだろう、なんなんだその攻撃は！？」 「うるさいッ、攻撃は最大の防御でしょッ！？」 「く…このガキ、何を言っても無駄だ…ぐはッ！」 「ザコなんかに用はないのよっ、日吉を出せー！」 …………… 「…いったいなんの騒ぎだ。」 そこに、ようやく日吉が現れる。 「若さんっ！」 「日吉さんだ…！」 これまでの門下生達の発言、 そして一人だけ目立つ色の道着をまとっていることが 道場内でもかなりの実力者であることをうかがわせる。 「お前…鳳と一緒にいた女だな。うちの道場になんの用だ。」 「アンタを倒しに来たのよ！」 「なんだと…？」 「チョウタのことバカにするなんて許せない、 こーなったら私がアンタをやっつけて チョウタを部長にしてあげるんだから…！」 しかし日吉はそれにひるむことなく、軽く鼻で笑う。 「次期部長の座をかけて勝負というわけか…面白い、受けて立とう。 だが女だからといって手加減はせん、 この俺にたてついたことを後悔させてやるぜ！！」 言い終わるか終わらないかのうちに、日吉の正拳がを襲う。 ガッ…！ だがは寸前のところでそれをガードした。 「フン…よく見切ったな、女のくせに。」 「女だから女だからって言われるの、好きじゃないんだよね… 私の名前は“女”じゃなくて“ ”、 あんまり人を見かけで判断しないほうがいいよっ！？」 「くそっ…！」 今度はが攻撃に出るが、 日吉もまた紙一重でそれをかわした。 「見慣れない技だな、どこの流派だ？」 「流奥義・真拳よ！」 「…それはつまり自己流ということだな。」 「そ…そうとも言うっ！」 こうしてさらに２人の攻防は続く。 （状況描写するのがめんどくさいので、以下しばらく音声のみでお送りいたします。） 「やあッ！」 バシッ！ 「甘い！」 「くっ…」 ばしゅ！ ばしゅ！ ばしゅ！ 「ちっ…なかなかやるな。」 「まだまだ…こんなもんじゃないんだから！」 キィィィン…（←？） …ドガガガガ…！ 両者一歩も譲る気配はなく、延々とバトルは続く… ＊ ＊ ＊ 決着がつかないまま、もうどれくらい経つだろう。 ２人は体力・精神力ともに限界に近付いていた。 「氷帝の次期部長は俺だ、いいかげん諦めろ！」 「しつっこいなぁ…部長にはチョウタがなるの、絶対諦めないからね！ 次の一発で終わりにしてやる… …くらえっ、“一・蹴・入・魂！”…って、あれっ…？」 が一撃必殺のキックを繰り出そうとしたその時、 頭に巻いていた“青学必勝”のハチマキがズリ下がって 目隠しになってしまう。（壇 太一君の、あの状態です） そして… 「きゃあッ！？」 あわてた拍子に、長すぎるズボンの裾を踏んづけて転んでしまった。 ハチマキを取り払った時にはもう遅く、 目の前には拳を振り上げる日吉の姿が。 「スキありー！」 「や…！」 もう駄目だと思い、ぎゅっと目を閉じる。 …………… 「一… 球… 入… ……魂！！」 ドゴォッ…！！ 道場内に大きな振動が伝わり、“下剋上”の額が傾いた。 「「…！！？」」 そして日吉の足元には、畳に深くめり込んだテニスボール。 ・日吉をはじめとする全員の視線がその一点に集中する。 それからボールが飛んできた入口方向に目を向けると、 そこではラケットを握りしめた鳳が、 スカッドサーブを放った直後の体勢をとっていた。 彼の必殺サーブは、筋トレの甲斐あって さらにその威力を増したようである。 「さんっ…！」 そこにいる誰かが言葉を発するより早く、鳳はを抱きしめた。 「さん…心配させないでくださいよ…」 「チョウタ…どうしてここにいるって分かったの…？」 「だってさん、さっき日吉のことですごく怒ってくれてたから… あぁ、こんなにいっぱいアザつくっちゃって…」 「でもチョウタが来てくれたから殴られずに済んだよ。」 「あ…あのっ俺っ…さんを守りたくて、その一心で…っ！」 「うん、チョウタが助けてくれた。」 「よかった…」 鳳はもう一度をきつく抱きしめると、 今度は鋭い視線を日吉に向ける。 「なんてことするんだよ、女の人に手を上げるなんて 見損なったぞ日吉！！」 「フ…フン、もとはと言えばそいつが仕掛けてきた勝負だ、 それに応じて何が悪い。」 いつもの温和な姿からは想像もつかないほどの剣幕で怒鳴る鳳に、 日吉は動揺を悟られまいと相変わらずの口ぶりで答える。 鳳は悔しそうに日吉を一瞥した後、再びを抱き込んだ。 「いつも言ってるじゃないですか、危ないことしちゃ駄目だって。 どうして言うこと聞いてくれないんです…？」 「ごめんなさい… 私はただ、チョウタのことバカにされたのが頭にきて、それで…」 すると鳳はの体を離し、今にも泣き出しそうな顔で懇願するように言った。 「…俺は自分がバカにされるよりも、俺のせいで さんが怪我なんかしちゃうほうが、もっといやなんです… だからもう、俺のために危ないことなんてしないで…」 「チョウタぁ…」 手を取り合い、目をウルウルさせて見つめ合う２人。 「やってらんねーぜ…」 「へーへー、ごちそーさま。」 そのバカップルぶりに呆れ果てた日吉と門下生達は、 ぞろぞろと帰っていってしまった。 その場はどうにかそれで収まったのだが… ＊ ＊ ＊ 翌日、が一人で歩いていると… 「あ、さんだ！ さー…やめろ日吉！！」 「、覚悟ー！！」 「！？」 振り返ったは、かろうじて日吉の手刀をかわした。 「さん…！」 それからすぐに、彼と一緒に歩いていた鳳が心配そうな顔で駆けつける。 「ちょっと、イキナリなんなのよーッ！？」 驚いて叫ぶの前に、日吉は一冊のノートを突きつけた。 「これを見ろ。」 「…？」 “下剋上手帳”と書かれたノート。 その中はリスト状になっており、 “越前 リョーマ” “乾 貞治” “海堂 薫”の欄の下に 新たに“ ”の名が書き加えられていた。 「これは…？」 「無効試合は負けも同然。お前を倒すまで俺は挑み続ける、 それが俺にとっての下剋上だ！！」 「（さん、お願いだから挑発に乗らないで…！）」 鳳の祈りもむなしく、はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 「そっちがその気なら…望むところよっ！」 「たあッ！」 「やっ！」 ズダダダ…ッ！ （↑なんかド●ゴンボールみたいだよね） 再びバトルを始めてしまった２人の横で、 鳳はオロオロすることしかできずにいた。 「ちょっと待ってくださいよさんっ、もう危ないことはしないって…」 「ごめんねチョウタ…でもこれはチョウタのためじゃないの、 売られたケンカは買う、私のプライドをかけた戦いなのよッ…！」 「そんなぁ…さ〜ん…（泣）」 ２人はその日から、顔を合わせるたびに こうしてストリート・ファイトを始めるようになってしまった。 「俺はお前を越えてみせる…下剋上、いい言葉だぜ！」 「なによっ、アンタなんかに負けてたまるか…！」 …氷帝の次期部長を決めるという本来の目的は、 もはや完全に忘れ去られているようだ。 好戦的で負けず嫌い同士のと日吉、どちらが上かを決める戦いは 鳳の心配をよそにまだまだこれからも続いてしまうのだった… Back |