beside you 「ちゃん、一生のお願い！」 そう言って手を合わせてきたのは、女子テニス部チームメイトの理亜。 とは同じ２年生レギュラー同士で、部内でも特に仲が良い。 かなり弾けた性格で、２人して騒動を巻き起こすこともしばしば。 そんな彼女の頼みとは… 「お願い、菊丸先輩に好きな人いるか聞いてきて！ いたら誰かも聞いてきて！」 そう、現在彼女は菊丸に片思い中。 だけどは、なんだか納得がいかない様子だ。 「えー？ そういうことなら、自分で聞いてくればいいのに。 エージ先輩なら、聞けば教えてくれるでしょ？」 「ダメーっ！ そんなこと恥ずかしくてできないーっ！」 「うそだぁ。理亜ちゃん、好きな人には 自分から告っちゃったりするように見えるけど？」 「そ、そんなことないっ！ 菊丸先輩の前だと、あがっちゃって、何も言えなくなっちゃって… ちゃんなら何でも聞けるでしょ？ だって先輩とすごく仲いいじゃん。」 理亜の言うとおり、菊丸とはものすごく仲が良い。 休み時間にお互いの教室に遊びに行ったり、 顔を合わせれば抱きついたりで、 恋人同士に間違えられることも結構あったりする。 もっとも、にしてみれば恋愛感情は一切なく、 単に“先輩”になついているというだけの話なのだが。 「うーん、確かにエージ先輩とは仲良しだけど…」 「ね、そうでしょそうでしょ？ だからお願い！ ねねねね！？」 「はいはい、分かりましたよ。そこまで言われちゃしょーがないよね。 まかしといて、ばっちり聞いてきてあげるから！」 半ば強引に返事をさせられただったが、 やっぱり中学生の女の子。 友達の恋を応援するのは好きなようで、 最後のほうはかなりノリ気になっていた。 ＊ ＊ ＊ 「エージ先輩、一生のお願い！」 放課後、菊丸が一人になったところを見計らって、 先程の理亜と同じように手を合わせる。 「なになに〜？ ちゃんのお願いだったら、何でも聞いちゃうよー？」 「ほんとですか！？」 「うん、ホントホント。何でも言って！」 「じゃあ、先輩の好きな人教えて！」 「え゛…！？」 初めは嬉しそうにしていた菊丸だったが、最後の一言で凍りついてしまう。 無理もない、その“好きな人”というのは 質問を投げかけた本人なのだから。 「誰ですか？ 誰ですかぁ？」 「え…あの…」 混乱してしどろもどろになる菊丸と、 わくわくしながら答えを待つ。 「テニス部の人ですか？」 「うん、まあ…」 「何年生？ もしかして２年生？」 「え…っと、それは…その〜…」 なんとか“理亜”と言わせようと誘導尋問に持ち込んだが、 これではラチが明かない。 テニス部員ということは分かったので、 そこからシラミつぶしに調べていくことにした。 「優しくておっとり系の美奈子先輩！」 「違う…よぉ…」 「じゃあ、しっかり者の凪先輩だ！」 「そ、そうじゃないっ…けど…」 もともと嘘をつくのが苦手な菊丸、このままではいずれバレてしまう。 に対しては普段は好き好き言っているくせに、 いざこういう時になると照れてしまうらしい。 だってもし面と向かって“好き”なんて言ったら、 距離を置かれてしまうかもしれないから。 今のようになついてきてくれなくなるかもしれないから。 とにかく、一刻も早くやめさせなくては…！ 「ね…お菓子あげるから、もうヤメにしない？ ほら、ちゃんの大好きなじゃがりこ（サラダ味）だよ？」 「わぁ、ありがとうございま…って、ダメです！ じゃがりこ好きだけど、今日ばっかりはダメなんですっ！」 「どーしてもダメ？」 「ダメですっ！ だって先輩、何でもお願い聞いてくれるって言ったじゃないですか〜…」 「だってさぁ、好きな人言えだなんてそんなぁ…」 「私とエージ先輩の仲じゃないですか。 隠し事はナシですよ。さ、言っちゃいましょう？」 「勘弁してくんろ〜…」 「教えてくんろ〜！」 波状攻撃のVS守りを固める菊丸、２人の攻防は延々と続いたが… 「教えてくださいよぉ…お願いですから… ちゃんと聞いてくるって約束しちゃったんです…」 しまいには、のほうが泣きそうな顔になってしまった。 「…ちゃん…」 そんな彼女を見て情にほだされた菊丸は、 ふうっと一つ、大きなため息をついた。 そして困ったような曖昧な笑顔を浮かべると、 観念したかのごとく口を開いた。 「ちゃん、分かんないかなぁ…」 照れくさそうに鼻の下をこすり、のほうをちらっと見る。 「俺が好きなヒトはね、いつだって俺のそばにいるんだよ…？」 「エージ先輩…」 ＊ ＊ ＊ その翌日… 「待ってちゃーん！」 「やだーッ！ 待たないーッ！」 校舎内を全力疾走すると、それを追う理亜。 「…あ、大石先輩助けてっ」 途中、大石の姿を見つけたは、すかさずその後ろに逃げ込んだ。 「ん、どうしたんだいさ…え゛！？」 大石が視線を上げた先には、必死の形相で追ってくる理亜の姿。 そしてその手には、刃渡り１５cmはあろうかという巨大なハサミが！！ 「わ ―― っ！！ お、お、お、落ち着いて、ね？ ははは話せば分かる…！」 「話しても分かってくれないんですー！」 「お願いちゃん、私の夢を叶えてよぉ！」 「やだ！ 私にはできないッ！」 大石の周りをぐるぐる回りながら言い合う２人。 「だってどこのサロン行っても断られるんだもん！ かくなる上はちゃんの手で…」 「やだったらやだ！ 私、責任持てないもん！」 「ちょ、ちょっと待って。一体どういうこと…？」 いまいち話が見えてこない大石は、オロオロしながら尋ねてみた。 「あの、ですね大石先輩。 理亜ちゃんはエージ先輩のことが好きなんです。 それでエージ先輩の好きな人は大石先輩だって言ったら…」 「え、英二が俺のことを！？」 「はい。だってテニス部でいつもエージ先輩のそばにいる人っていったら、 黄金（ゴールデン）ペアの大石先輩以外考えられないじゃないですかぁ！」 「さん、それはちょっと違…」 「だからまずは髪型から大石先輩に近付こうとしてるんじゃない、 お願いだから私をタマゴカットにしてぇぇー！！」 「いーやーだ ―――――― ッ！！」 ぎゃーぎゃーとわめきながら２人は走り去っていってしまった。 「……………」 ひとりとり残された大石は、自身の髪をなでつけながらつぶやいた。 「俺…髪伸ばしたほうがいいのかなぁ…」 こうしてまた一つ、胃痛の原因が増えてしまった大石だった… Back |