鳳奪還大作戦！ とある日の午後。 録画しておいたテニスの試合を観るため 海堂が自室のテレビの電源を入れると、 ちょうど男子中学生誘拐のニュースが流れてきた。 「（この近くじゃねえか…物騒だな…）」 やや興奮気味のリポーターの後ろには、 被害者の家と思われる邸宅が映されている。 さして気にも留めず、番組を再生しようとしたところ… 「薫ちゃんっ！！」 鬼気迫った声とともに、が部屋に飛び込んでくる。 「…！？ だからいきなり勝手に人の部屋に入ってくるんじゃねえって何度も…」 「どうしよう、大変なの！ …あ、これこれ！」 は泣き出しそうな表情でテレビの画面を指す。 「これ…チョウタの家なんだ！！」 「なんだって…！？」 ＊ ＊ ＊ が海堂とともに鳳の家に向かうと、 その周辺はすでに多くの警察官や報道陣でごった返していた。 「さん…海堂…！？」 集まった野次馬の中から彼らに声をかけたのは宍戸。 「宍戸さん…！」 「お前ら、ニュースを見たのか？」 「はい…チョウタのことが心配で…」 「テニス部の連中もみんなそうだ。 揃いも揃って助けに行くって聞かねえもんだから、 俺が代表して様子を身に来たってわけだ。」 「しかしこの人だかりじゃ…近寄れそうにないっスね…」 「こうなりゃ強行突破しかねえだろ、ついて来な！」 ボッ！！ 「あ、コラ君達！ 戻りなさい！」 「うるせえ俺は長太郎の先輩だ、中に入れろ！」 「駄目だ、危ないから帰りなさい！」 「離してよッ、チョウタは私の大事な友達なの！」 宍戸の瞬間移動（ダッシュ）も虚しく警察官に取り押さえられ、 もみ合いになる３人。 「どうしたんですか…？」 そうこうしているうちに、騒ぎに気付いた鳳の両親が家から出てきた。 鳳によく似た父親と、品の良さそうな母親だ。 「宍戸君！ それに君達は…確かさん、と…？」 「海堂っス…」 「こんな時にお邪魔してすみません。 長太郎が心配で、じっとしていられなくて… ご迷惑はおかけしませんので、ここにいさせてください…！」 「ああ長太郎…こんないいお友達を持って…」 疲弊しきった様子で今にも泣き崩れそうな母親にが駆け寄る。 「おばさま、しっかり… おばあさまとお姉さまは、大丈夫なんですか？」 「ありがとう、ちゃん。 ２人には親戚の家で休んでもらってるのよ。」 「それなら安心です。おばさまも、無理はなさらないで…」 ＊ ＊ ＊ こうして鳳の家に上げてもらった３人。 広いリビングには見たことのないたくさんの機材が運び込まれ、 床はコードで埋め尽くされていた。 会話をするのもはばかられるほどの物々しい空気。 そんな中、通信手段として使われているパソコンから 突如電子音が発せられた。 犯人からメールが届いたのである。 室内にいる刑事が、慎重にメールを確認する。 添付された画像に写っていたのは、 あちこちが崩れて落書きされた壁を背に 目隠しとヘッドホンをされて縛られた鳳の姿。 「長太郎っ…！」 「チョウタ…チョウタぁ！！」 母親とは、思わず画面にかじりつく。 「え…っ！？」 至近距離で見ることになった画像。 が何かに気付いた、その時。 ピリリリ…！ 電話の着信音がけたたましく鳴り響いた。 刑事に促され、父親が受話器を取る。 「身代金の用意はできたか？」 「は、はい…！」 「今から二枚の画像を送る。 一時間後に、一枚目の地図の場所まで 二枚目に写っているガキに持って来させろ。 少しでも遅れたり妙なマネをすれば、ただでは済まないと思え。」 それだけ話すと、電話は一方的に切られた。 「逆探知は！？」 「申し訳ありません、失敗です！」 「…クソッ！」 やがて先程と同じ電子音が鳴り、メールが受信される。 二枚目の画像を開き、集まった面々は言葉を失った。 視線が、に集中する。 「私…！？」 写っていたのは、鳳の生徒手帳。 そこには、と２人で撮ったプリクラが貼られていた。 「そんな…息子のために、他所のお嬢さんを 危険に晒すわけにはいきません！」 「ふざけやがって…それなら俺が代わりに行く。 、服貸せ！」 「落ち着け海堂、お前じゃ背格好が違いすぎる！ それにバレたら長太郎がどうなるか…！」 リビングがにわかにざわつく中、はおもむろに立ち上がる。 「いいんです…私、行きます…！」 「しかし…」 「大丈夫ですよ、おじさま。 家の家訓は“死ぬこと以外かすり傷”なんです。」 は明るく笑ってみせた。 「警察の人とかいっぱいいて、私には何もできないんだって、悔しかった。 チョウタを助けるために私にできることがあるなら…なんだってする。 だからお願いです、行かせてください！」 ＊ ＊ ＊ そして約束の時間 ―― 札束が入ったアタッシュケースを手に佇むは、 夕暮れに染まる遠い街並みを見つめていた。 「（薫ちゃんと宍戸さん…ちゃんとたどり着けたかな…）」 …………… 今から３０分ほど前。 指定された場所へと向かう車の中、 両脇を宍戸と海堂に挟まれたは アタッシュケースを胸に抱いたまま押し黙っていた。 「…薫ちゃん…」 しばらく経ってから、震える声で海堂に耳打ちする。 「…さっき送られてきたチョウタの画像、あったでしょ…？ 私…あの場所、知ってるかも…」 「「何！？」」 宍戸と海堂が、同時に声を上げる。 「昔…秘密基地って言って２人でよく遊びに行ってた古いビル… 危ないから行っちゃ駄目って言われてた…覚えてる？」 「ああ…だいたいの場所は覚えている…どうしてそこだと分かった？」 「チョウタの後ろの落書き… あの中に、私が書いたっぽいのがあったんだ。」 「落書き…だと…？」 「うん…私と薫ちゃんの相合い傘…」 「なっ…！？」 よりにもよって何故今それを…と言わんばかりに 海堂は顔を赤くした。 「消えかかってたから絶対そうだとは言えないんだけど… なんか覚えがあって…」 「バカ…どうして早く言わなかった…？」 「だって…はっきり写ってたわけじゃないし、 すごく小さい時のことだし、違ってたらいけないかと思って…」 「「……」」 考え込む海堂と。 「それなら、俺達で確かめるしかねえだろ…」 ２人の会話を聞いていた宍戸が、不敵に笑った。 …………… 同じ頃、刑事達の目を盗んで車を抜け出した宍戸と海堂は、 かつて海堂との遊び場だった廃ビルへと続く道をひた走っていた。 「なあ海堂…ちょっと、聞いてもいいか？」 「…？」 「もし違ったら悪いんだが… …お前、さんのことが好きなんじゃないか？」 「…な゛…っ！？」 「図星だな。」 「……」 あまりの直球に、返す言葉が見つからない。 「なら…どうして今、ここにいる？ お前にとって長太郎は…なんていうか…その… どうして長太郎のために、ここまでしてくれる？」 「…フシュゥゥ…」 意を決したように、海堂は口を開いた。 「…どんなことだろうと、が決めたのなら… が望むなら、それを叶えてやるまでだ…！」 「そうか…ならいい。」 「どうして…そんなこと聞くんスか？」 「別に…迷いのある奴を連れて行くわけにはいかねえと思ったからだ。」 ＊ ＊ ＊ 「間違いねえ、ここだ…！」 ようやくたどり着いた廃ビル。 敷地内に投棄されているゴミや廃材の中から護身用として 適当な長さの鉄パイプを手に取ると、２人は中に歩を進めた。 「が気に入っていた場所… 確か、いちばん上の奥の部屋だ…」 壁にはそこかしこに穴が開き、床には割れたガラスが散乱している。 以前よりも、建物内はさらに荒れていた。 その中を、周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいく。 「なんだお前らは！？」 「「！！？」」 逢魔が時の薄暗い建物内に響く声。 見張りと思しき２人組の男に見つかってしまった。 どうやら誘拐犯は複数名いるらしい。 「チッ…！」 とっさに宍戸が前に出る。 「ここは俺がくい止める…お前は先に行け。」 「そんな…鳳は、宍戸さんが助けに来るのを待ってるはずっス！」 「お前のほうがこの中のことはよく分かってんだろ、 いいから早く行け！」 「…ッ…すまねえ、宍戸さん…！」 振り返らず一気に最上階まで駆け上がる。 かつての記憶が甦り、そのまま奥の広間に飛び込むと、 そこには送られてきた画像そのままの姿で拘束された鳳と、 ガラの悪そうな男が３人、鳳を取り囲むように座り込んでいた。 「あっれー、警察じゃないじゃーん。何しに来たのー？」 「てか、アイツら何やってんの？ 見張りの意味ねーし。」 さすがの海堂も、ただごとではない雰囲気を感じて身構える。 「お金、持ってきてくれたのかなー？」 「金頼んだの、女の子だったハズだけど？」 「ま、どーせ警察が隠れてたんだろうけど。 誰もいなきゃいないで、あの子も拉致っちゃうつもりでしたーひゃはは…」 ある者はタバコをくわえながら、 またある者はガムをくちゃくちゃと噛みながら。 小馬鹿にするような態度で海堂の周りに集まってくる。 「んでキミ、このお坊ちゃんのお友達？」 「助けに来たのー？ 勇気あるねえ？」 男達の言動、特にに対する発言に強い憤りを感じたが、 これまでに経験したことのない恐怖がそれを上回る。 そのことを悟られまいと、海堂は鋭い視線を向けた。 「そいつにもしものことがあったら悲しむ奴がいる…。 俺は…あいつが泣くところを見たくねえだけだ！」 意に介さず、男達は余裕の表情を浮かべる。 「なーんか生意気なんですけどー…」 「気にくわねえな、ブッ殺しちゃいますー？」 「どっちにしたって顔見られてんだ、やっちまえ！」 体格・体力ともに恵まれているとは言え、 中学生の海堂に対して相手は大の大人３人。 鉄パイプを武器に応戦するも不意をつかれて殴られ、 倒れ込んだところを組み伏せられてしまう。 「（クソッ…俺はもう駄目だ…、幸せになれ…！）」 覚悟を決め、目を閉じたその時。 「アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…」 どこからか聞こえてくる声。 「アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…」 「なんだ…この薄気味悪い歌？」 「アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…」 段々と近付いてくる歌声に男達はうろたえ、海堂を解放する。 「薫ちゃん、これ着けて…！」 の声とともに、投げ渡された小さな袋。 中に入っていたのは耳栓。 わけが分からなかったが、とりあえずその言葉に従う。 ザッ… そして姿を現したのは、を先頭にした謎の集団。 が従えているその男達は、全員がフードをかぶり、 不気味な仮面を着けている。 「…！？」 その異様とも言える光景に、海堂は別の意味で恐怖を感じた。 「ウィーウィルロッキュー… ゴー、アラメノマ！」 が叫ぶと、大合唱が始まった。 「アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…アラメノマ…」 「「ぐああああああ！！」」 歌声をまともに聞いた男達は急に苦しみ出して床をのたうち回り、 やがて苦悶の表情のまま気を失ってしまった。 「サンキュー、アラメノマー！」 手をぶんぶんと振るに見送られ、 謎の集団はぞろぞろと帰っていった。 ＊ ＊ ＊ 「チョウタぁ！！」 鳳の大きな体に抱きつく。 海堂が拘束を解いてやると、鳳もまた自由になった手でを抱きしめた。 「さん…さん…！！」 「チョウタ…無事で良かったぁ…」 「怖かったですっ、もう生きて帰れないかと…」 「もう大丈夫…大丈夫だから…よく頑張ったね、えらかったね…！」 「………」 海堂は、何も言わずに鳳の肩に手を置いた。 「海堂君…」 「…フシュゥゥゥ…」 「ありがとうございます…ありがとうございます…ッ！」 海堂の手を握り、何度も礼を言う。 「俺は別に…何もしてねえよ…」 「そんなことありません…こんな怪我までして… こんなところまで、２人で助けに来てくれたじゃないですか…！」 「…ここまで来られたのは、宍戸さんの力があったからだ…」 「…！ 宍戸さんまで…俺のこと…！？ 嬉しいですッ…もう俺、なんて言ったらいいか…ッ…！」 泣きじゃくる鳳と、そんな彼をなだめようとあたふたする海堂。 そのやり取りを、は柔らかな笑みを浮かべて見つめていた。 …………… 「この人達が犯人…」 ようやく落ち着きを取り戻した鳳が、倒れている男達に気付く。 「随分苦しんでいたようですが…何があったんですか？」 「が連れてきた奴らがやった… ていうかなんだったんだあいつらは…？」 「なんかよく分かんないけど、遠い国から来た留学生なんだって。 ストリートテニス場にいて、テニスしてるうちに仲良くなったんだ。」 「いや見るからに怪しいだろ…だいたい、言葉が通じるのか？」 「うん…知ってる英単語を適当につなげて、 最後に“アラメノマ”って付けたらだいたい通じたよ。」 は、にっこりと笑う。 「さん…あなたって人は…！」 鳳は頬を赤く染め、また涙を浮かべるのだった。 その後、探しに来た刑事達によって男達は連行され、 こっぴどく叱られた達だったが…。 ＊ ＊ ＊ 数日後の新聞。 “誘拐犯を退治、お手柄中学生！”という見出しとともに掲載された写真。 写っていたのは、警察から贈られた感謝状を手に 満面の笑みでＶサインをするとドヤ顔の宍戸、 照れくさそうな表情の海堂、そしてその隣で涙ぐむ鳳の４人。 しかし同じ面の片隅にこんな記事があったことを、 彼らは誰も気付いていなかった…… “新設国家アラメノマ第三王子、日本での短期留学を終え帰国。 滞在の感想を次のように語る。 「日本でとても可愛らしく勇敢な少女に出会った。 いずれ彼女を探し出し、妃として迎えたい。」” ……… アラメノアラメノ…アラメノマ… Back |