Glorious Days ザッ ザッ ザッ ザッ ―― トレーニングのため続けているランニング。 今日は調子が良いので、いつもより長く走って河川敷までやって来た。 「ハアッ…ハアッ…」 見通しの良い場所で立ち止まる。 ずいぶん遠くまで来たもんだ。 さすがに疲れたので、ここらで一休みするか。 土手を下り、川原の芝生に腰を下ろした。 川面に夏の日差しが反射してやけに眩しい。 キャップを脱いで汗を拭うと、火照った体に気持ちいい風が吹き抜けていった。 少し離れたところでは、子供達がにぎやかな声を上げながら ダンボールをソリ代わりにして土手を滑って遊んでいる。 長く傾斜のある坂だから、ああやって遊ぶにはもってこいなのかもな。 まぁともかく、元気が良くて何よりだ。 中には親子連れもいるようで、父親の後ろに小さな女の子が立ち乗りしている。 …いやなんかすげー勢いでこっちに向かって来てねえかコレ。 あ、よく見たらこいつら親子じゃなくて俺のよく知ってる… ずどーん 「いたたたた…大丈夫ですかさん？」 「ありがとチョウタ、私は平気…って、下に人がいるー！」 「す、すみません！ お怪我はありませんか！？」 「…ってぇなチクショー…」 左右の手で一人ずつ、首根っこをつかまえて俺の上から退かした。 「あ、宍戸さんだ！」 「うわああ…も、申し訳ありません宍戸さんっ！！」 ぶつかってきたのは親子連れ…ではなく、 嬉しそうなさんと、慌てふためく長太郎。 「お前らいい歳して、子供に混じって何やってんだよ…」 「ああ、あの子達ですね。 さっきまで、さんと一緒にテニスを教えてあげていたんです。」 「そしたらお礼にってダンボールのソリをくれて、それで…」 「だからって一緒になって遊ぶな！ 自分達のサイズを考えろ。 ここにいたのが俺だったから良かったものの、 他の人に怪我でもさせたらどうするつもりだ！？」 「「すみません…」」 ２人揃ってしゅんと頭を下げる。 「まぁ分かればいいけどよ…」 それにしても、大荷物すぎねえかこいつら。 ラケットとテニスボールは良しとしても…。 フリスビー、スケボー、ミニ四駆、スポーツカイト、ドローン…って、 どんだけ遊んでたんだよ。 ていうかいつの間にドローンなんか買ってたんだ長太郎、 今度それ俺にもやらせろ。 「本当に申し訳ございませんでした。 さあ、そろそろ行きましょうかさん。」 「うんっ。」 「それじゃあ宍戸さん、また部活で…」 「失礼します、宍戸さん。」 そう言うと、２人は俺の元から立ち去ろうとする。 …と、俺は長太郎が持っているさんのバッグが 不自然に大きいことに気が付いた。 山のような遊び道具は別にしても、ちょっとした家出か？ってレベルだ。 「さん、その荷物…旅行にでも行くつもりか？」 「あ、さんですか？ これから、俺の家に泊まりに来てくれるんです。」 「今日はご家族が誰もいないから気にしないで、って。」 「…あ゛！？」 思わず変な声が出ちまった。 「誰もいないって…お前ら２人だけになるのか？」 「はい。父が仕事の関係で長崎に出張することになりまして。 せっかくの機会だからと家族みんな一緒に行って、 向こうで３泊ほど観光してくるそうです。」 「帰って来たらハウステンボスのイルミネーションの写真、 見せてもらうことになってるんです。ね、チョウタ。」 いやそういうことを聞いてるんじゃなくてだな…。 「…つまり長太郎が一人で留守番してるところに これからさんが泊まりに行く、ってことなんだな？」 「本当は俺も行きたかったんですけど、部活があるから… あれ宍戸さん、顔恐くないですか？ 何か駄目で…」 「いや駄目だろ！！！」 俺は、自分でも驚くくらいの速さで突っ込んでいた。 ったく、何考えてんだこいつらは。 中学生の男女が２人きりで一晩過ごすだなんて、 激ヤバ以外の何ものでもねえ。 「えーだってお母さんに友達の家に泊まるって言って出てきちゃったし。 帰っても食べるものないんですよー…」 「たぶんその友達が男だとは思ってないだろ親御さん…？」 「そんなことないですよ、チョウタのことは家でいつも話してます。 それに薫ちゃ…じゃなくて海堂君の家にも時々泊まってますし。」 オイオイ、どうなってるんだ家の教育は。 「これから、ちょっと早いけど外でご飯食べて、 それから俺の家で遊ぼうと思ってます。」 「シアタールームがあるっていうから、一度そこでDVD観てみたくって。 あと、泡が出てくる大きなお風呂があるんだよね！」 「はいっ。」 「……………」 俺はつい、妙な想像をしてしまった。 「…いやいやいやいや、ぜったい駄目だ！ 親御さんが許しても俺が許さねえ！！ こうなったら俺も一緒に泊まらせろ、いいな！？」 「ええっ、宍戸さんも来てくれるんですか？ もちろんＯＫですよ！ いいですよねさん？」 「うんっ、人数多いほうが楽しいもんね！」 …あ、そこは普通に歓迎してくれるのか。 とにもかくにも、こうして俺は、 こいつらが間違いを起こさないよう監視するため 長太郎の家に泊まりに行くことになった。 ＊ ＊ ＊ ３人でピザ食べ放題の店に行った後、長太郎の家に着く。 何度か来たことはあるが、相変わらず小綺麗でやたら広い。 俺が無駄に感心していると、長太郎とさんは荷物を置くやいなや、 さんが家から持ってきたクッキーを食べながらアルバムを見始めた。 「これは中等部の入学式ですね。」 「えーこれがチョウタ？ 小っちゃい、かわいいー！！」 「はい…１年から２年の間に、急に背が伸びたんです。」 「薫ちゃんもおんなじ！ 男の子って、みんなそうなのかな？」 「どうでしょうね… あ、宍戸さんは１年の頃からそんなに伸びてないって言ってました。 ねっ宍戸さん！」 うるせえ身長の話すんな。 ていうか、さっきの店って食べ放題でデザート付きだったよな…？ 長太郎がデカくなったのって、やっぱよく食うからなのか？ いやでも、さんは小さいか…。 で、ようやくシアタールームでDVD鑑賞会が始まったわけだが…。 俺は「スターウォーズ」がいいって言ったのに、 こいつら「ロード・オブ・ザ・リング」観始めやがった。 しかも最初から通しで全編。 「このフロド役の声優さん、上手ですよね。 彼の純粋で優しい感じがよく出てると思いませんか？」 「うん…そう言われるとなんとなく、チョウタの声に似てる気がする。」 「あ、ご、ごめんなさいっ…俺、そんなつもりで言ったわけじゃ…」 「分かってるって。だって私、チョウタの声大好きだもん。」 「え、あ、はい…あ、ありがとうございます…！」 なんだよこいつら付き合い始めのカップルかよ。 ていうかなんで長太郎の膝の間にさんが座ってんの？ いつもそうなの？ 俺と長太郎の間に置いといたポップコーン、 いつの間にかさんが抱えて２人で食いまくってるし…。 どんだけ食えば気が済むんだよこいつらは…。 ＊ ＊ ＊ 「（眠みぃ…）」 薄暗い部屋で、正直なところ退屈な映画を観せられ睡魔と戦うこと数時間。 最終作のエンドロールが終わる頃には、午前２時を回っていた。 「…終わったな。それじゃあ風呂入ってさっさと寝…」 「え、まだですよ？ これからプレステやって、そのあと枕投げするんです。 ねっさん！」 「うん、せっかくのお泊りだもん。寝ちゃうのもったいないよ。」 は？ なんなのこいつら。 良い子は早く寝ろって教わらなかったのか？ 「今日一緒にやろうと思って、いくつか新作買ったんです！ ほらほら、宍戸さんの好きなスターウォーズのゲームもありますよ？」 「やらせろ！（即答） 俺が２０分で終わらせてやるぜ！」 それからさらに数時間後。 「どらぁ！！ …………… …や…った…！ クリアだ…！ どうだお前ら、スゲーだろ！？」 エンディングムービーを見るのも忘れて、俺は興奮気味に振り返る。 …と、隣で見ていたはずの長太郎とさんが、 折り重なるように横たわって眠っていた。 俺が激アツでプレーしている間に、力尽きたらしい。 無意識のうちになんだろうが、長太郎の奴、一丁前に、 小さなさんをデカい体で守るように抱き寄せてやがる。 …が、半開きの口からヨダレを垂らしているのが残念極まりない。 「へっ、アホなツラしやがって…ちょいダサだな。」 近くに畳んであったタオルケットを広げて長太郎にかけてやった後、 さんを抱きかかえて長太郎のベッドに運んだ。 「………」 立ち上がり、その寝顔を見下ろす。 …確かにかわいい顔してるんだよな。 まぁ長太郎が夢中になる気持ちは分からなくもない。 今のところはガキんちょ２人が仲良くじゃれ合ってるって感じで、 俺が気を揉むようなことは何もないってのはよく分かったわけだが。 でもな、長太郎。お前もいずれ気付くだろう。 お前が“宍戸さんが大好き”って言うのと “さんが大好き”って言うのは、似て非なるものだ。 それに気付いた時が、楽しみでもあり心配でもあり。 何か悩むことがあれば、俺なりにお前を支えてやりたいと思う。 だから…これからもずっと、俺のそばにいろよ？ 「くぁ〜…ぁ…」 急激な眠気に襲われ、クッションを枕に寝転がった。 ＊ ＊ ＊ 翌朝。 俺はリビングのソファで月刊プロテニスを読みながら、 長太郎が淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。 脇に置いてあるグランドピアノといい壁に掛かっている絵といい、 改めて家の中を見回すと、金持ち感が半端ねえ。 その上カップまでめちゃくちゃ高そうなのを使いやがって、 うっかり割っちまいそうでどうにも落ち着かないが、 それを差し引いても、鳳家のコーヒーはいつも激ウマだ。 「きゃーっ！」 「！？」 寝不足でボンヤリとした頭に響く悲鳴に、 思わずカップを落としそうになる。 「お風呂にお湯入れようとしたら違うとこ押しちゃったみたいで、 天井からシャワーが出てきて…」 ぱたぱたと駆けてきたさんは全身がずぶ濡れで、 シャツが肌に張り付いて透けてしまっている。 俺は、思わず目をそらした。 そこに、庭で鳥に餌をやっていた長太郎が戻って来る。 「ごめんなさいさんっ、ちゃんと説明するべきでした！」 「ううん、いいの…」 「ああこんなに濡れちゃって…冷たかったですよね？ 風邪ひいちゃうといけないですから、ひとまず着替えましょう。 俺が洗濯しますから、さ、早く脱い…」 ボッ！！！ 俺は瞬間移動（ダッシュ）で、ピアノの椅子に掛けてあった 長太郎のジャージをさんにかぶせて長太郎から奪い取った。 「やだチョウタ、これじゃ服脱げないよー。」 「急にどうしたんですか宍戸さん！？ …あ、分かった！ ラグビーの練習ですね？」 「何をどう見たらそうなる！？ ああもう馬鹿か、馬鹿なのかお前らは！！？」 気を揉むようなことは何もない…ありゃ、前言撤回だ。 むしろ、俺が責任を持って見守らなくちゃならねえ。 やっぱりお前らは、どこまで行っても俺がそばにいなきゃ駄目だ！ Back |