Love or Like? 「ふぁ〜あ…ったく、何様のつもりなのよあのオレンジ頭…」 強い日差しを避けて公園の屋根付きベンチに腰かけたは、 眠たそうな顔のまま腕時計をのぞきこんだ。 「だいたい本当にデートしたかったのはアイツのほうでしょ、 　それなのに遅刻ってどーいうこと？ 　あー腹立つなぁ、あの変態どスケベヤロー…」 「…悪かったね、変態どスケベヤローで。」 「え！？」 突然、頭上から降ってくる声。 驚いたはベンチから立ち上がり、真上の屋根の部分を見上げる。 するとそこでは、千石が立て膝の体勢で手を振っていた。 「やっほぉ。」 「せ、千石…さんっ！？　いつからそこにいたの…！？」 「ちゃんが来るちょっと前から。 　それよりちゃん、誰も見てないからって 　でっかい口開けてアクビするのはやめようね。 　せっかくのかわいい顔が台無しだよ。」 「なっ…い、いいから早く下りてきなさいよっ…！」 「言われなくても今すぐそっちに行きますよ〜、っと！ 　あ…うわっ！？」 ―― べしゃっ。 屋根の上から跳び下りた千石だったが、バランスを崩して着地に失敗。 「ちょっ、千石さんっ…大丈夫！？」 は地面に突っ伏したままの千石に駆け寄り、 その目の前にしゃがみこむ。が… 「…今日は水色♪」 そこはちょうど、顔を上げた千石から スカートの中が丸見えになってしまう位置だったようで… 「水色を選んだアナタ、ちょっぴり寂しくなっています。 　そんな時は思い切って、 　身近でアナタを思ってくれてる男性に…ぐぇ！！」 「心配して損した…」 今日は日曜日。 せっかくの休日を好きでもない男と過ごさなければならないは、 その男を足蹴にしながら腹立ち紛れに大きなため息をついた。 そもそもの発端は、街で千石に声をかけられたこと。 そのさい彼に強烈なビンタをくらわせてしまい、 そのうえ危ないところを助けられてしまったことから そのお詫び＆お礼として半強制的に デートをする羽目になってしまったのである。 「…で？　今日はどこに行くの？ 　動物園？　遊園地？　それともテニス？」 「お子様だなーちゃんは。 　せっかくのデートなんだからさ、 　もっとオトナーって感じのところにしようよ。」 千石はふくれっ面のの肩を抱くと、駅に向かって歩き出した。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ そうしてやって来たのは、オトナのデートスポット（？）横浜。 「すごーい、海の上を飛んでるみたい！」 ―― エアキャビンに乗って。 「わぁ、おしゃれな建物！　千石さん、一緒に写真撮ろっ！」 ―― 赤レンガ倉庫でショッピングをして。 「ビルも車もあんなに小っちゃく見える… 　見て見て千石さんっ、明かりがすごくキレイ！」 ―― 大観覧車からみなとみらいの夜景を眺めて。 ……… 初めて訪れる場所で、見るもの全てに目を輝かせてはしゃぐ。 ようやく見ることのできた笑顔に、千石もまた自然と笑みがこぼれる。 「なんだかんだ言ってちゃん、すっごく楽しそうだね。」 「うんっ！　だってココ、ずーっと来たいって思ってたんだもん。」 「どう？　俺とのデートも、まんざらでもないってカンジ？」 「ち…っ、違うの！ 　デートが楽しいんじゃないっ、横浜が楽しいの…っ！ 　ホントは千石さんとデートなんてしたくなかったんだから… 　そこんとこちゃんと分かっといてよね…？」 「はいはい、分かってますよー？」 は少し怒ったように、そして恥ずかしそうに 頬を赤く染めて目をそらす。 そんな仕草に、適当にあいづちを打ちながらも ニンマリと含み笑いを浮かべる千石だった。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 夜も更けてすっかり遊び疲れた２人は、 海の見える広場にやって来ていた。 は先程からずっと、胸の高さまであるフェンスにしがみついて 湾岸の景色を眺めている。 そしてその隣では、千石が退屈そうにフェンスに寄りかかっていた。 「ねぇちゃーん… 　海ばっかり見てないで、少しは俺のほうも見ようよー…」 「なんでー？　千石さん見ててもつまんないもん。」 「……」 千石は少しすねたように、を横目でちらっと見た。 「あー…風が気持ちいー…」 は相変わらず遠い一点だけを見つめている。 しばらくして、再び千石が口を開く。 「ね…ちゃん、」 「なにー？」 「キス…しよっか。」 「！！？」 突然の申し出に、は信じられないといった表情で 千石のほうに向き直る。 「どうしたのーそんなにびっくりして。 　別にいいじゃんキスくらい。デートの仕上げに、さ？ 　自分で言うのもナンだけど、俺けっこう上手いと思うよ？」 「やだ…そんな急に…なんでそんなこと言えちゃうの…？ 　…やめて、よ…？」 「あれっ、もしかしてちゃんてキスもしたことないの？ 　じゃあ俺が一番乗りだね、俺ってラッキー！」 「ふざけないで…！」 羞恥というよりは怒りに近い眼差しを向けるだったが、 一方の千石はお構いなしといった感じで肩に手をまわすと 強い意思を示しながらもどこか戸惑いの色が見える その顔をのぞきこんでくくっと笑った。 「真っ赤になっちゃって、ピュアなんだねぇ。 　そんな顔されたら、ますますしたくなっちゃうよ…？」 「…ッ」 全てを見透かすような余裕たっぷりの瞳に見つめられると どうしようもなく悔しくて、涙が出そうになる。 すぐにでも逃げ出したいのに、なぜか体が動かない。 「ねぇ…して、いいよね…？」 少しずつ顔を近付けていく千石。 口元に感じるのは、かすかに震えるの吐息。 それすらもいとおしくて… 奪ってしまいたくて、このまま… ……… 「やだっ…！」 突然、胸部に強い衝撃。 体が後ろによろける。 「つ…！？」 唇が触れる寸前で、は千石を突き飛ばしていた。 「ひどいよ…どうしてっ…こんな、こと… 　もうやだ…私のことなんか、もうほっといて…！」 とうとう泣き出してしまった。 しかし一方の千石はこれといって取り乱した様子もなく、 漂々とした面持ちのままでいる。 「泣くことないのに。 　ちゃんは、そんなに俺のことが嫌い？」 「嫌いだよっ、大っ嫌い…！」 これまで抑えていたものを全て吐き出すかのように、は叫ぶ。 「バカ、スケベ、変態、自分勝手、最っ低！！ 　アンタなんか大嫌い…」 「言いたいことはそれだけ？」 「…っ、…う…っ」 どんなに罵声を浴びせても、千石は薄い笑みを浮かべたままで。 それが悔しくて情けなくて、はうつむいたまま ぽろぽろと涙をこぼす。 千石はそんな彼女の顎に手をかけると、 ぐいと持ち上げて強引に視線を合わせた。 「ぅあ…！？」 「ずいぶん言いたい放題言ってくれたよね。 　だから俺も、ハッキリ言わせてもらうよ。」 「え…？」 「俺は…」 これまでにない、真剣な眼。 「俺、千石　清純は、　ちゃんを愛してしまいました。 　おちゃらけたりイジワルしたり、 　ちゃんが嫌がるようにしかできない俺だけど、 　でも、この気持ちはホンモノです。」 「千石さん…」 自らが口にしたのと同じようなひどい非難の言葉を 覚悟していたは、今までにない真っ直ぐな告白に、 安堵と驚きとが入り混じった不思議な気持ちになる。 千石は少し困ったような照れくさそうな笑みを浮かべながら、 びしょ濡れになったの頬に触れて優しく言った。 「…今はまだ、“愛してくれ”なんて言わないよ。 　だけどせめて、俺のこと好きになって。“嫌い”じゃなくて、さ。 　“愛してくれ”はそれからにする。ゆっくりと、ね…？」 「……………」 それから千石はおもむろにポケットに手を突っ込んで中を探ったが、 上から下まで全部調べて何もないことに気付く。 本当ならここでさっとハンカチを差し出して カッコ良く決めるつもりだったのに…。 仕方なく千石は、苦笑しながら袖口での涙を拭いてやった。 そこに至るまでの一連の動作がおかしくて、 もクスクスと笑い出す。 「やっと笑ってくれた。 　やっぱりちゃんは、笑った顔がいちばんかわいいよ。」 「あ、ありがと…」 先程までの乱暴な態度からは一変して、 千石は柔らかくほほえんだ。 「…ちゃんはもうすぐ好きになるよ、俺のこと。」 「好きに…？」 「なるよ、きっとね。」 「…努力は、してみます…」 「うんうん、いい心掛けだ。」 千石はの髪をくしゃくしゃとなでた。 涼しくなり始めた夜風が、涙を乾かしていく気がした。 special thanks to Culture Promotion Division of Yokohama Back