My First...? 関東大会で俺達氷帝が青学に敗れて早くも半月程が経った。 この大会に、俺は尊敬する宍戸さんのダブルスのパートナーとして出場した。 一回戦で負けて宍戸さんの引退が決まったときは、 ものすごくショックだった。 大会直後はそのせいで何も手につかなかったけど、 今では少しずつ落ち着きを取り戻している。 ところで俺は今、通学路沿いにあるストリートテニス場に来ている。 今日はここでさんと会う約束をしているんだ。 あ、さんというのは、関東大会で知り合った青学の２年生。 俺達が対戦したペアのうちの一人・海堂君の幼なじみで、 そのことが縁といえば縁なんだろうな。 俺達が勝ってしまったせいで最初は険悪だったんだけど、 段々と打ち解けて仲良くなった。 今では、俺のことを“チョウタ”って呼んでくれてる。 でも、俺のほうはいまだに“さん”なんだけど。 （女の人を呼び捨てにしたりするのって、なんだか申し訳なくて…） さんとは、あれ以来こうして遊ぶようになった。 学校が違うから放課後や休みの日しか会えないんだけど、 一緒に遊ぶのがとても楽しくて。 お茶したりゲームセンターに行ったりもしたけど、 やっぱりテニスをしてることが多いかな。 テニスにはお互いの学校のコートを行き来したこともあるけれど、 その中間をとってこのストリートテニス場を使うのがいちばん便利なんだ。 そういえば、さんは前にここで不動峰の部長の妹さんとダブルスを組んで、 玉林中の男子２人をコテンパンにしちゃったこともあるんだって。 「チョウター！」 あ、さんが来た。 そんなに走らなくても、俺は逃げたりしませんよ。 「チョウタぁ！」 「さんっ…」 さんはぴょんと飛び上がると、俺の首に腕をまわして抱きついてきた。 だから俺も、それに応えるようにぎゅうっとしてから地面に下ろしてあげる。 「チョウタに会えるから、部活終わって急いで来ちゃったよ。」 ずっと走ってきてくれたみたいで、ほっぺたがピンクになっている。 この人が、 さん。 すごく小さくて（俺が大きいだけかもしれないけど）、 びっくりするくらい綺麗な顔してて、俺に優しくしてくれる。 さんはこんな俺のどこがいいんだろうって思うんだけど、 さすがにそれを聞くのは恥ずかしい。 大人っぽいというわけではないんだけどしっかりしてて、 同い年なのになんだか年上のように思えてくる。 それで“小さいお姉さんができたみたい”って言ったら、 “じゃあチョウタは大っきい弟だね”と言って笑っていた。 俺は、さんの笑った顔が好きだ。 さんは感情をすごくストレートに表す人で、 これまでに怒った顔・泣きべその顔と、いろんな顔を見てきた。 だけど、笑ってる顔がいちばんかわいい（と言うのはちょっと照れるかも） …じゃなくて素敵（わ、恥ずかしい） …じゃなくてホッとする（これだ！）。 「どしたのチョウタ？ 早くしないとコート取られちゃうよ。行こっ！」 「は、はいっ！」 ＊ ＊ ＊ コートの反対側で構えてるさんに向かってサーブを打とうとすると… 「あ、ちょっと待ってチョウタ！ あのね、お願いがあるんだけど…」 「なんですかー？」 「“一・球・入・魂！！”…ってやつあるでしょ、 アレ打ってほしいの！」 「ええーっ！？ だ、駄目ですよぉ！」 「なんでー？ 私だったらアレ一発で返せると思うんだけど。 そしたら薫ちゃんに自慢できるかなーって…」 「あ、危ないですから！ さんにぶつけちゃったら大変ですから！ 痛いですから、怪我しちゃいますから！」 「そんなこと気にしなくていいのにーぃ…」 「とにかく駄目なんですっ、ぜったい駄目！」 「ちぇーっ…」 さんは、こういう人だ。 負けん気が強くて、男子とも対等にわたり合おうとする。前に、 “さんが氷帝のマネージャーだったらよかったのに。” って言ったことがあるんだけど、そしたらさんは “マネージャーになるなら選手になるよ、 テニスは見るよりするほうが楽しいもん。 どうせだったら男の子に生まれて、 チョウタとダブルス組んだり試合したりしたかったな。” なんて言ってた。 女の人だからって、特別扱いされるのは好きじゃないみたいだ。 でも、そんな性格のせいでトラブルに巻き込まれることも結構あるらしい。 俺は、それが本当に心配。 さんが危ない目に遭うなんていやだよ。 …そんなことを言っても、おとなしく聞いてくれるさんじゃないけど。 ＊ ＊ ＊ しばらく打ち合いをしたあと、俺達はコート脇の応援席で ひと休みすることにした。 自動販売機でスポーツドリンクを２本買って、 片方をさんに渡してから腰かけると、 さんは俺の脚の間にちょこんと座ってきた。 いつもここに座ってくるんだけど、 俺ってそんなに座り心地がいいのかなぁ…？ 俺は、さんに座られるのは嫌いじゃない。 どっちかと言うと好き…かも。 さんとはこうやって普通にくっついたりじゃれたりしてるけど、 実は女の人とこういうふうに接するのは初めてだったりする。 だって、今まで女の人に触れたことっていったら、 幼稚園の遠足とか文化祭のフォークダンスとかで 手をつないだくらいしかないし… 正直、女の人に触れるのは恥ずかしいって思ってた。 でもさんはそうじゃなかった。 さんは、一回戦のあと泣いてた俺を見つけて、 ぎゅって抱きしめてくれた。 今思えば、それはきっとさんなりのなぐさめ方だったんだと思う。 だけどあの時、自分でもどうしてか分からないんだけど、 さんにそばにいてほしくなって、俺のほうからぎゅってしてた。 それ以来、さんとだけは自然に触れ合えるようになった。 さんの匂いが好き。あったかさが好き。 触れていると、なんだか安心する。 さんも、同じふうに思ってるのかな？（だったら嬉しいな） それにしても、今日はいい天気だ。 空はからっと晴れて、涼しい風が吹いている。 この時間帯にしては珍しく、俺達以外には誰もいなくて、 近くの通りを走る車の音だけが聞こえてくる。 そういえば、さっきまでおしゃべりしてたさん、急に静かになったな。 なんだか体に重みを感じるし。 …と思ったらさん、俺に寄りかかって寝ちゃってる。 部活のあと、学校からずっと走ってきて、テニスして、 疲れちゃったのかな。 「チョ…タ…」 「さん…？」 「…………………」 寝言だったみたい。 いつもはお姉さんみたいなさんだけど、こうしてると子供みたいだな。 そっと腕をまわしたその体は、やっぱりすごく小さくて、そして柔らかい。 「……………………」 あんまり静かで天気も良くて、 なんだか俺まで眠たくなってきちゃったな…。 目を閉じると、さんの体温だけが伝わってくる。 ……さ………ん……… …………… 「おい、見てみそ見てみそ！ 長太郎がラブラブしてんぜ〜！」 「！！」 聞き覚えのある声にはっとした俺は、 あわててさんを持ち上げて俺の隣に移し替えた。 それから顔を上げると、そこには３年の先輩方が！ （ここが通学路だってこと忘れてたー！） 見られた…先輩方に…絶対タダじゃ済まない ―――― ！！ 「んー…チョウタ…？ 何がブラブラしてんの…？」 さん、寝ぼけてる場合じゃないですよぉ！ 「なんややないか。 こないな所で会えるとは思わんかったで。」 「お前、長太郎と知り合いだったのかー。」 「随分と仲いいじゃねーの。お前らデキてんのか？ アーン？」 忍足先輩と岳人先輩と跡部さん。 この３人には、さんも会ったことがあるって言ってたっけ。 「長太郎がいつも言ってるのってこの子のことか？」 「あー眠い…」 そして、さんとはこれが初対面になる宍戸さんとジロー先輩。 「んあー誰コレ…？」 「前に話しとったやろジロー、この子がやで。」 「ふーん、そう… ……！！ マジマジすっげ ―― っ、超カワＥー！ おいおい忍足、お前の言ってたとおりじゃん！？」 「せやろー、俺の目に狂いはあらへん。」 「俺もうワクワクしてきたっ！」 「珍しいじゃねーか、ジローがテニス以外で起きるなんてよ。」 やたらと濃い人達に囲まれて、 さん気を悪くしちゃったんじゃないかと思ったんだけど （すみません先輩方、でも嘘はつけません） 別に気にしている様子もなく、それよりもすでに興味は 岳人先輩に移っているようだった。 少し離れたところで跳び始めた（準備運動？）岳人先輩を観察しちゃってる。 確かに少し人間離れしてるところがあるから、分からなくもないけど… （すみません先輩、でも嘘はつけません） すると、ここぞとばかりに他の先輩方が俺の周りに集まってきた。 超やっぱり…！ ていうか、どうして皆さんそんなに楽しそうなんです！？ 「すっげ ―― っ、いいなーいいなー長太郎ウラヤマＣー！ ねね、もうチューはした？」 「しっしてないっ…そそそそんなこと、しししてないですよお！」 「なんやつまらんなぁ。早よせぇへんと俺がもらってまうでー？」 「フン、ちゃんは最初っから俺のモンになるって決まってんだよバーカ。」 ジロー先輩も忍足先輩も跡部さんも、なんてこと言うんですか！？ 「ていうか長太郎、お前本当のところどーなんだよ？」 宍戸さんまで〜… 「お…っ、俺は別に、さんのことそんなふうには思ってませんっ！」 「嘘やー、嘘つくなやー！ 自分ホンマに健全なオトコノコか？ あのかわええ顔で“チョウタぁ”なんて甘えられて、 こう、ムラムラきたりせぇへんのか ――！？」 「や、やめてくださいよ忍足先輩っ！ 嘘じゃありません！ 先輩には失礼ですが…その…っ、女の人をすぐそういう目で見るのって… 良くないっ…と、思います…」 「「…………！！」」 な、なんなんですか先輩方、その宇宙人にでも会ったような顔は… それより何より、さんに今の話を聞かれたんじゃないかと思って そっちを見たら、まだ岳人先輩の観察を続けていた。（ああ、よかった…） カエルみたいな格好でヒョイヒョイやってる岳人先輩がもの珍しいらしく、 じーっと眺めている。 先輩は先輩で「跳んでみそ、跳んでみそ」なんて挑発してるし。 …ああ、さんマネしちゃてる！ ノリがいいっていうかなんていうか… 「もーっ、駄目ですよさん、そんな格好しちゃ…」 俺は、カエル座りしているさんを抱き上げて連れ戻してきた。 「さん…っつったっけか？ そんなふうにされて、アンタ何とも思わねぇのか？」 俺に抱っこされたままのさんに、宍戸さんが尋ねる。 「え…なんのことですか？」 「いや…いい。 ただ…な、長太郎がいつもひっついてて迷惑じゃねぇのか、って。」 「そんなことないですよぉ、」 さんは、にっこり笑って答えた。 「だって私、犬好きですから。」 ……………はい？ さん今なんて言いました？ い…ぬ…？ 「犬！ 犬やて！ ケッサクやわー！」 「長太郎が犬！ オカＣ ―― ！」 「犬か…そう言われりゃ確かにそうかもな…」 大爆笑する先輩方。跡部さんなんか、鼻で笑っちゃってるしー！ あんまりですよぉ、さんっ…。 そして当のさんはというと、また岳人先輩のほうを見ちゃってた。 今度はムーンサルトを披露する先輩に、パチパチと拍手を送っている。 「お前にはできねーだろ、ざまあみそ。」 ああもう、そんなに挑発しないでくださいよ岳人先輩。 あとで“アレやりたい”ってせがまれるのは俺なんですから…。 ＊ ＊ ＊ これが、俺とさん。 こんなかんじで仲良くやっている。 ただ、あれ以来、何かにつけて 先輩方にからかわれるようになっちゃって… ちょっと恥ずかしい。 でも俺自身、先輩方の言うようなことはまだよく分からないでいる。 男の人が女の人を好きになって、女の人が男の人を好きになって… それからのことだって、（聞いてもいないのに）先輩方が教えてくれるから、 ひととおりのことは知ってる…と思う。（なに言ってんだろう、俺…） 俺はさんが好き。そしてさんは女の人だ。 だけどこの“好き”が、例えばテニスが好きとか宍戸さんが好きとかいうのと 同じものなのか、それとは違うものなのかは俺には分からない。 俺に分かるのは、さんと過ごす時間がとてもしあわせだということ。 さんと出会えて、こうして一緒にいられるのがたまらなく嬉しいということ。 さんが俺に 笑いかけてくれて、 甘えてくれて、 優しくしてくれて。 俺もさんに 笑いかけて、 甘えて、 優しくして。 大切にしたくて ―― 大切に思うから、 失くしたくなくて、傷つけたくなくて ―― 女の人にこんな気持ちを持ったのは初めてで、 俺の中にあるこの気持ちがなんなのか、 これからどんなふうに変わっていくのかは分からない。 だけど、これだけは自信を持って言える。 ―― さんが、とても大切です。 Back |