オヤスミ キーン　コーン　カーン　コーン　…… 「よっしゃあ、終〜了〜！」 「うわああ、もう駄目だー…」 「ねーねー、これからみんなでカラオケ行かない？」 「行く行くー！」 今日は定期テストの最終日。 最後の科目が終わった途端に騒ぎ出す２年８組の生徒達。 そんな中… 「終わっ…た…」 うつろな目をしたは一言つぶやくと、 机に突っ伏したまま、動かなくなってしまった。 「ねー、も行くでしょカラオケ…」 「Ｚｚｚｚｚ…」 クラス内ではお姉さん的存在、カラオケに行こうと言い出した 美咲が声をかけるが、は眠ったまま。 「ちゃん、大丈夫？」 「Ｚｚｚｚｚ…」 「帰るよー、ー？」 「Ｚｚｚｚｚ…」 泥のように眠ってしまっており、どんなに声をかけられても 揺さぶられてもいっこうに目覚める気配がない。 心配し、集まって来るクラスメイト達。 「Ｚｚｚｚｚ…」 「寝てるだけみたいだけど…」 「こうなったら最後の手段… 　、爆盛りスペシャルタピオカパフェ食べに行くよ！！」 「Ｚｚｚｚｚ…」 「食べ物でも起きないか…こりゃ重症だわ。」 「このまま置いて帰るわけにもいかないし…」 「「どうしよう…」」 「、寝てんのか。ちょっと見せてみ？」 困り果てた女子達に気付いた桃城が声をかける。 「あーこりゃ完全に落ちてるな。 　連れて帰ってやりたいのは山々だけどよ、 　さすがにこんだけ爆睡してるとチャリは無理だな…」 「しょうがないよ、桃は自転車通学だもんねー。 　…ていうかマサやん、あんたのこと好きでしょ？ 　せっかくのチャンスなんだから、送っていってやんなさいよ。」 「い、いやでも…家の方向違うし…」 「否定するところが違うだろ、マサやん…」 近くにいたせいで美咲から無茶振りをされてあたふたする池田に、 苦笑しながら林がツッコむ。 「こうなりゃもう無理にでも起こすしかねーだろ。 　オイ起きろ、起ーきーろー！」 桃城がを抱き起こし、頬をぺちぺちと叩く。 「…！」 その時ちょうど教室の前を通りかかったのは、 下校しようとしていた隣のクラスの海堂。 離れたところからは何をしているのか分からなかったようで… 「桃城テメェ、に何してる！？」 教室に飛び込み、桃城に掴みかかる。 「いきなり何しやがんだ、起こそうとしてただけだろうが！」 「だからって気安くに触ってんじゃねえ…！」 「「〜〜〜〜〜！」」 「ほらほら、ケンカしない。 　…あ、ちょうど適任が来たじゃない。 　力があって（のことが好きで）←注：ここは声に出していない 　家が隣同士な人…！」 一触即発状態の２人の間に美咲が割って入り、海堂に事情を説明する。 「…それでね、のこと送ってもらえないかなーって。 　もう海堂君しか頼める人がいなくて…」 「分かった、俺が連れて帰る…」 テスト期間中なので部活もなく、荷物が少ないのが幸いだった。 海堂は２人分のバッグを肩に掛け、桃城の助けを借りてを背負う。 「を頼んだぜ、海堂。」 「フン、テメェに言われる筋合いはねえよ…」 こうして２人は、２年８組の生徒達に見送られて教室を後にした。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 「ん…？」 帰り道の途中、夕焼けの中では目を覚ました。 「あれ…薫ちゃん…？」 「やっと起きたか…」 「ここ、どこ…？　私、どうして…？」 「最後のテストが終わった途端に倒れたそうだ。」 「そっか…」 未だはっきりしない意識の中で記憶をたぐり寄せるが、 最後の問題を解いた以降は全く思い出せずにいた。 「どうして…こんなになるまで無理をした？」 「週末、練習試合があるから… 　毎日テスト勉強の前に自主練してた。」 「練習試合なんて、いつものことだろう…？」 「…今度の試合、氷帝の女テニとなんだ。 　チョウタが見に来てくれるっていうから、絶対に負けたくなくて。」 「……………」 「…薫ちゃん？　どうしたの薫ちゃん？」 「…ああ、なんでもねえ…」 燃えるようなグラデーションを描く空に、点々と浮かぶ黒い雲。 全てを深紅に染める落陽に、は心地良さそうに目を細め、 また海堂は忌々しげに顔を背けた。 「…でも、テスト勉強もちゃんとやりたかったんだ。 　両方やるのは大変って分かってたけど… 　試合もテストも、どっちも頑張るって決めたから、 　諦めたくなくて…絶対諦めたくなくて。」 そこまで話すと、はふふっと笑った。 「ね、なんだか今の、薫ちゃんぽくなかった？」 「…あ゛？」 「私…薫ちゃんが頑張ってるのをいつも見てるから… 　ずっと、ずうっとそばで見てきたから。 　私も頑張らなくちゃ、って思うんだよ。」 「………」 海堂は、何も言わずに歩き続ける。 「…ごめんね、そろそろ降りなくちゃね。」 「いや…いい、このまま家まで連れて行ってやる。」 「でも…重くない？」 「疲れてんだろ、いいから黙って寝とけ。」 「うん…」 は、海堂のうなじにこつんと頭を乗せた。 「ね…そういえば小っちゃい頃、一緒に遊んでて足ケガした時も 　こんなふうにおんぶしてくれたよね…」 「……」 「ホントはね…あの時そんなに痛くなくって。一人でも歩けたの。 　でも薫ちゃんがおんぶしてくれたのが嬉しくて、黙ってたんだ。」 「…オイ…寝ないんなら降ろすぞ。」 「やだ…もっとこうしていたい。」 首に回した腕に力を込め、きゅっとしがみつく。 「おやすみ、薫ちゃん…」 幸せそうにほほえみ、目を閉じた。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 家に着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。 の両親は共働きで、まだ帰宅していない。 「すまねえ、…」 一抹の罪悪感を覚えつつも、海堂はいつもが 自分を招き入れる時にしているのと同じように 彼女のバッグのポケットから鍵を取り出して玄関を開け、 スニーカーを脱がせると２階にあるの部屋に向かった。 荷物を置き、制服のブレザーと靴下を脱がせてから 一つに束ねていた髪を解き、ベッドに横たえる。 そこまでされても、は目覚めない。 柔らかなベッドに無防備に体を預け、静かに寝息を立てている。 「……………」 何度も見てきたはずの寝顔。 それなのに… こいつの睫毛はこんなに長かっただろうか。 こいつの唇はこんなに紅かっただろうか。 “チョウタが見に来てくれるっていうから、絶対に負けたくなくて。” 不意に、の言葉を思い出す。 「……………」 気持ちがざわつく。 この感情は何だろう。 困惑　動揺　焦燥　…… そのどれでもない。 ざらざらと手にまとわりつく、湿った砂のような感情 ―― 「…………………………」 丸みを帯びた白い顎に手をかけると、小さな口がうっすらと開いた。 ―――――――― 「…ッ…！？」 あと数センチ、唇が触れる寸前。 我に返り、体を離す。 「……何やってんだ…俺は……」 生温い汗が、背中を流れた。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 「ただいまー！」 やがて、の両親が帰宅する。 「遅くなっちゃってごめんねちゃん、 　すぐ夕飯に…あら。」 「、帰ってないのか？」 「しーっ…」 両親が部屋を覗くと、気持ち良さそうに眠るの脇で、 海堂もまた床に座り込んでベッドにうつ伏すように眠っていた。 「今回、ずいぶん頑張ってたみたいですから…」 「海堂さんちに連絡しておかないとな。」 「はい…」 の母親は、父親に先に行くよう促した後、 大きめの毛布を持って来て海堂の肩にかけた。 「いつもありがとうね、薫君…」 優しく髪をなで、部屋を後にする。 毛布の下で重なり合う２つの手。 大きな手が、小さな手をそっと握っていた ―― ＊　　　　　＊　　　　　＊ 数日後… 「見て見て薫ちゃん！」 小さな紙を手にしたが、２年７組の教室に駆け込んでくる。 「…フン…」 差し出されたのは、テストの得点と学年順位が書かれた紙。 もっとも、は毎回こうして順位を報告しに来ているので、 海堂も慣れた様子でそれを受け取った。 「な…っ！？」 紙を広げた海堂は、驚きのあまり言葉を失う。 「すごいでしょ、史上最高順位！」 もともと成績は優秀で、これまで学年１０位前後を 行ったり来たりしていただったが、 今回はこれまでで最高の３位。 「私、案外プレッシャーに強いのかも。 　次はね、１位を狙ってみようと思うんだ！」 無邪気に笑うの傍らで、 彼女が次のテストでまた無理をするのではないかと 気が気ではない海堂だった。 Back