SAKURA よく晴れた春の朝。 青春台駅の改札前に、一人、また一人と男子テニス部レギュラーが集まってくる。 彼らはこれから、男子テニス部恒例行事である レギュラー陣限定のお花見に行くところなのだ。 「…で？　なんでこの２人もいるわけ？」 越前が一瞥した先には、テレ笑いをすると、 申し訳なさそうに肩をすぼめる桜乃。 「おそらく英二あたりがさんを誘ったんだろう。 　そしてさんが、女子が一人では気が引けると思って竜崎さんを誘った… 　…そんなところかな。」 「正解！　さすが乾先輩〜！」 乾の完璧な解析に、はパチパチと拍手をする。 「でもこれ…男子テニス部の花見っすよね…？」 「う…っ」 「おチビ、固いこと言わないのっ！」 すかさず抗議したのは、彼女を誘った張本人の菊丸。 「人数多いほうが楽しいじゃん？」 「先輩がいて楽しいのは、英二先輩と海堂先輩くらいなもんでしょ？」 「う゛…」 「……」 越前の厳しい指摘にタジタジになる菊丸と、その後ろで赤くなる海堂。 「まあまあ、そんなこと言わないでさ。」 越前をなだめに入ったのは、花見に行くにしては大荷物の河村。 「タカさん先輩、すーごい荷物ですねー！」 が驚きの声をあげるのも無理はない。 両手には何重にも重ねられた重箱の入ったフロシキ包みを下げ、 背中には何やら大きな機材を背負っている。 「ああ、こっち（重箱）は父ちゃんの特製チラシで、 　こっち（機材）は母ちゃんが商店街の福引きで当てたカラオケセット。 　父ちゃんが、みんなまとめて持ってけってさ。 　せっかくのお花見なんだからさ、みんなで楽しくやろうよ。 　な、いいだろ手塚？」 「も竜崎も、ここまで来て帰れというわけにはいかないだろう。 　今日は特別だ。」 「「やったぁ！」」 「よかったねーちゃん！」 菊丸はに後ろから抱きつくと、首筋にスリスリとなついてきた。 「はーいっ、エージ先輩！」 もそれに応えて、そのまま仲良くじゃれ合う２人。 “猫が２匹”…その場にいる全員が思った。 だが、心中穏やかでないのは、彼女の幼なじみにして 目下片思い中の海堂。 「先輩…から離れてくださいよ…」 いつにも増して怖い顔で菊丸に詰め寄るが、 「やーだよーん！」 菊丸も、負けじとべーっと舌を出す。 「シャ ―― ッ！」 「フ ―― ッ！」 互いに威嚇し合う蛇と猫… 「やれやれだね。」 「ご…ごめんねリョーマ君。勝手に来ちゃって…」 冷めた表情で事の成り行きを見守る越前に、なぜか謝る桜乃。 「別にいいけど。先輩って、見てて飽きないから。 　ま、せっかく来たんだし、竜崎も楽しんでいったら？」 「う、うんっ…」 ＊　　　　　＊　　　　　＊ そんなこんなで電車に揺られること数十分、 会場の公園にやって来た一行。 「おーい、こっちこっち！」 桜の木の下で手を振るのは、場所取りのために先に来ていた大石。 「あれ、さん達も一緒だったんだ。」 「えっへへ〜、俺が誘っちった。」 「まったくしょうがないな英二は。さん、迷惑じゃなかったかい？」 「そんなことないです！ 　私もお花見の話聞いてて、行きたい〜って薫ちゃんに 　おねだりしてたところだったんです。 　でも男テニのだから連れてってやりたいけどダメって言われちゃって… 　そしたらちょうどエージ先輩が誘ってくれたんです。」 「そ、そうだったの…？」 ちょっと拍子抜けした様子の菊丸に、さらにが追い討ちをかける。 「それで一緒に行けてよかったねー、って喜んでたとこなんです。 　ねっ薫ちゃん！」 「あ、ああ…」 「……（俺の立場って…）」 嬉しそうに海堂の腕にぶら下がるを見て、ガックリと肩を落とす菊丸。 「げ…元気出せよ英二。さんもきっと英二に感謝してると思うよ…」 そんな彼を、必死になだめる大石だった…。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ とにもかくにも、宴会開始。 円形に腰かけた青学メンバーの中央には、 かわむらすしの特製チラシをはじめ、 各自が持参した弁当やお菓子が並べられた。 そんな中、が隣に座っている桜乃の腕をヒジでつつく。 ＜桜乃ちゃん、今がチャンスだよ。早く渡さなきゃ！＞ ＜で…でもぉ…＞ ＜せっかく作ってきたのに、もったいないよ？　ほら、頑張って！＞ ……… 「あ…あのっリョーマ君！　これ、おばあちゃんと一緒に作ったの。 　た、食べてくださいっ！」 にけしかけられた桜乃は、真っ赤になりながら 反対隣の越前に弁当を差し出すが…。 「ふーん、そう。」 越前はそっけなく答えると、その中から玉子焼きをつまみ出して口に入れた。 「それ、私が焼いたの…どう？」 「ぼちぼちだね。…あ、こっちのいなり寿司のほうがおいしい。」 「そ…それ、おばあちゃんが作ったやつ…ふぇ〜ん、先輩ぃぃ〜…」 「よしよし…」 桜乃の頭をイイコイイコしながら、こりゃ前途多難だな…と思うだった。 すると、そこに不二がやって来る。 「さん、お団子買ってきたよ。食べるかい？」 「はいっ！」 が喜んで手を差し出したその時。 シャオッ…！ 不二の手から忽然と消えた団子。 と、気付いた時には海堂がその団子をモグモグとほおばっていた。 一瞬の早ワザ、素早い腕の振りは彼の必殺ショット・スネイクを彷彿とさせる。 「あーっ、ひどいよ薫ちゃん！　せっかく不二先輩がくれたのにー！」 「フン…団子なら俺のをやる。食え。」 「うん、ありがと薫ちゃん！」 「ふふっ、同じお団子なのに。不思議だねー…」 もともと自分が持っていた団子をに手渡す海堂を、 おもしろそうに眺める不二。 しかしその目は、しっかりと見開かれていた…。 「今年はずいぶんとにぎやかだな。」 「ああ。」 大騒ぎの周辺を見て、大石と手塚が言葉を交わす。 「おっ、兄さん達は学生さんか？」 そこに、中年の酔っ払いサラリーマン２人組がやって来た。 日本酒のビンを片手に肩を組み、足元もフラフラとおぼつかない。 「はい、中学のテニス部の集まりです。お騒がせしてすみません。」 大石が答えると、２人はその隣にいる手塚を囲むようにしゃがみこんだ。 「いやぁ、こんなに大勢の引率、大変ですなぁ。」 「？」 「ささ、ご一緒に一杯どうですか先生？」 「…部長の手塚です。」 表情一つ変えずに淡々と答える手塚。 「し、失礼しました…」 「いや、最近の中学生は発育がいいと言うか何と言うか…はは…」 サラリーマン達は、すっかり酔いが冷めてしまったようだ。 「現行法で飲酒が認められるのは２０歳から、 　しかしあの２人が教師と間違えたということは大学卒、 　つまり少なくとも２２歳に見られたわけで、実年齢との差は８歳…」 その後ろでは、乾がデータデータと言いながら、 何やらノートに書き込んでいた。 そうこうしているうちに、カラオケ大会が始まった。 「一番、菊丸アンド桃城、歌いまーっす！」 「今日はヤなこと忘れて思いっきり歌っちゃうもんねー！」 「「モーニング娘。も　ウォウ　ウォウ　ウォウ　ウォウ♪ 　　あんたも桃ちゃんも　イェイ　イェイ　イェイ　イェイ♪ 　　みんなも菊ちゃんも　ウォウ　ウォウ　ウォウ　ウォウ♪　……　」」 「チッ…うるさくてかなわんな…」 ノリノリの菊丸・桃城を筆頭にみんなが盛り上がる中、 おもむろに席を外そうとする海堂。 それに気付いたは、“どこ行くの？”といった表情で彼を見上げる。 海堂はそんな彼女の腕を引いて立ち上がらせると、 そのままどこかに連れ出そうとした。 「ちょっと待って！　どうしたの薫ちゃん！？」 「いいから黙ってついて来い…」 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 「ちょっとーっ、薫ちゃんどういうつもりなの！？ 　私も歌いたかったのにー！　次、私の番だったんだよ！？」 大好きなカラオケを邪魔されておかんむりなの腕を、 無言でぐいぐいと引っぱっていく海堂。 「ねー薫ちゃんてば聞いてん…」 「見ろ。」 「わぁ…」 海堂が指差した先、小高い丘の上には、大きな大きな桜の木が一本。 それは公園内のどの桜よりも立派なものだった。 「すごーい…早く行こっ、薫ちゃん！」 はすっかり機嫌を直した様子。 今度は自ら海堂の手を引いて丘を駆け上がっていった。 「綺麗だね…」 手をつないだまま、桜の前に立つ２人。 満開を少し過ぎた桜。 風が吹くたびに、薄紅色の花弁が雨あられの如く舞い落ちてくる。 「薫ちゃん、どうしてここのこと知ってたの？」 「親父とお袋が、昔よく来てた…」 「そっか…」 はそっと海堂の手を離すと、前に歩を進め、花吹雪の中に立った。 それを全身に浴びるかのように、両手をいっぱいに広げる。 「ほんとに綺麗…」 降りしきる花弁に、の姿が見え隠れする。 「でも、もうすぐ散っちゃうんだ。なんか寂しいね。」 「ああ、来週まではもたねえだろうな…」 「うん…」 「…桜ってさ、薫ちゃんみたいだよね。」 しばし切なそうに桜を見上げていたが、ぽつりと言った。 「あ゛？」 何わけの分からないことを…と思いつつも、海堂は次の言葉を待つ。 「桜の花が咲くのは、一年のうちほんのちょっとだけ。 　花が咲いてない時は誰も見てはくれないけど、 　その間だって桜の木は花を咲かせるために 　暑くても寒くても頑張ってる。 　それで春になるとぱーっと花が咲いて、 　みんながその花を見て綺麗って思うの。」 「……………」 「花が咲くその一瞬のためだけに、誰も知らないところで 　ずうっとずうっと頑張ってるから… 　だから咲いたその時がすごく綺麗なんだよ、きっと。」 「俺はそんなだいそれたモンじゃねぇよ…」 「薫ちゃんだって頑張り屋さんだよ？ 　私、小っちゃい頃からずっと見て、知ってるもん。」 「フン…にしたって男に“綺麗”はおかしいだろう？」 「ううん。だって、桜の花を綺麗って思わない人なんていないよ。 　薫ちゃんだって、きっとおんなじだよ。」 「……………」 ふんわりと柔らかくほほえむを、 海堂はそっと自分のもとに引き寄せた。 「薫ちゃん？」 海堂は何も言わずに桜を見上げている。 「……………」 「何があっても、私はずうっと薫ちゃんの味方だからね…」 丘の上には、いつまでもいつまでも桜の雨が降り注いでいた。 Back