Sleeping princess タッ タッ タッ …… 「フシュウゥ…」 日課となっている帰宅後のランニング。 コースを一周して戻ってきた海堂は、自宅の玄関前でちょうど これから出かけようとしている弟の葉末に出くわした。 「おかえりなさい、お疲れさまです薫兄さん。」 「おう、葉末は…塾か？」 「はい。模擬試験が近いですからいつも以上に頑張らないと。 あ、そういえば先程からさんがお見えになってますよ。」 「が…？」 「ええ、薫兄さんに渡したいものがあるそうです。 薫兄さんが留守だったので僕と遊んでいただいていたんですけど、 塾の時間になってしまったので… それでは、行ってきますね。」 「……？」 海堂とは、家が隣同士の幼なじみ。 小さな頃から家族ぐるみのつきあいがあり、互いの家に上がるのも、 この期に及んで別に不自然なことではない。 しかしそれでも、年頃になってを異性として意識し始めた海堂は 妙に身構えてしまうのだった。 ＊ ＊ ＊ 家では、母親が夕食の準備を始めていた。 には部屋で待ってもらっているというので 海堂は軽くシャワーを浴び、ジュースを一杯飲み干してから 自室に向かった。 「……………」 しかし、そこにの姿はない。 ただ、床に無造作に置かれたバッグとテーブルの上の空になったコップが 先刻まで自分以外の誰かがこの部屋にいたことをうかがわせるだけである。 「…いねぇのか？」 辺りを見渡しながら、部屋の中へと歩を進める。 「…ん？」 すると、それまで角度的に視界に入らなかったモノをもう一つ発見した。 広いフローリングの部屋の一角にある和風スペース。 ここは常にダブルサイズの布団を敷き、寝室として使っている場所なのだが、 少し開いたふすまから見えるその布団が不自然に盛り上がっているのだった。 ま さ か … 「…………………………」 息を殺して忍び足で近寄り、掛け布団に手をかける。 「フシュウゥゥゥ〜…」 大きく深呼吸して布団をめくろうとしたが、 「フシュウゥゥゥ〜…」 寸前のところでためらってしまう。 「（な、何びびってんだよ俺は…！）」 海堂は自分を落ち着かせるために、 「フシュウゥゥゥ〜！」 と、もう一度深呼吸をして、 ―― バサァッ！ ひと思いに布団をはがすと… 「…………………………」 案の定といったところであろうが、 そこには猫のように体を丸めたが気持ち良さそうに眠っていた。 赤面したまま硬直する海堂。 「んー…あ…薫ちゃんだぁ…」 もぐり込んでいた布団を取り払われ、 海堂が帰ってきたことに気付いたは もそもそっと起き上がって彼を迎えた。 「薫ちゃぁん…おかえりなさーい…」 「お、おかえりなさいじゃねぇよ…なな何やってんだお前は…！？」 「ん…だってね、さっきまで葉末ちゃんと桃鉄やってたんだけど 塾に行っちゃって、そしたら急に眠くなってきちゃって…」 「だからって勝手に人の布団で寝てるんじゃねぇ…」 「薫ちゃん、顔恐い…」 「俺はもともとこういう顔だ…！」 何を言っても目をとろんとさせ、ぽけ〜っとしたままのに、 海堂は頭を抱えてため息をついた。 「…ったく…無防備にも程があるぞ…」 「えー…なんのことー？」 「だから…その…お、男の部屋で熟睡するなってことだ！」 「気にしない、気にしない。私と薫ちゃんの仲だもん♪」 「チッ…」 悪びれた様子もなくにこっと笑うに、 それ以上怒る気力も失せてしまう。 「…それでお前、今日は何しに来た？」 「あ、そうそう！ んっとね、コレ渡しに来たのー。」 そう言うとは、バッグから大きな紙袋を引っぱり出した。 ＊ ＊ ＊ 「ちゃーん、いるのー？ …あら！」 部屋に入ってきた母親の表情がぱあっと明るくなる。 そこでは、ソファに座って月刊プロテニスを読む海堂の後ろで、 まるで着せ替えでもするかのように彼の頭にとっ替えひっ替え いろいろな柄のバンダナを巻いて楽しんでいるの姿があった。 「まぁちゃん、そのバンダナどうしたの？」 「あ、おばさま。 これ、こないだクラスの子達と原宿に買い物に行ったときに 路地裏のお店で見つけたの。 いろんな柄がいっぱいあってね、薫ちゃんにって思ったんだけど、 どれがいいか分かんないから全部買ってきちゃったの！ おばさまはどれが好き？」 「そうねぇ、どれも綺麗だけど…薫には…コレかしら？」 「やっぱりおばさまもそう思う？ 薫ちゃんは青が好きだもんねー！」 「……………（勝手にやってろ…）」 盛り上がる２人をよそに、海堂はしかめっ面で記事を読み続ける。 それでもおとなしくなすがままになっているのは、 やはり惚れてしまった弱みなのだろう。 「…………… （ていうかこんな姿、誰にも見られたくない… 特に桃城にだけは絶対に見られたくない…）」 「そうそうちゃん、今お夕飯の支度してるんだけど、 せっかくだからうちで食べていって？ さっきちゃんのお母さんにも、 ちゃんうちで食べさせますーって言っちゃったし。」 「わぁ、嬉しい！ そういえば、おばさまのお料理食べるの久しぶりかもー。」 「ふふ。それに明日はお休みだし…よかったら泊まっていって。 お布団は薫と一緒でいいわね？」 「はいっ！」 「…オイちょっと待て！」 それまで黙って２人の会話を聞いていた海堂が突然顔を上げた。 「いいい今何て言った…！？」 「え、薫ちゃんちで夕飯食べて泊まってくって…？」 「違う！ その後だ後！」 「お布団は薫と一緒？」 「そそそそれだそれ…！ なな何言ってやがる…！？」 「あら、何かおかしいかしら…ねぇちゃん？」 「？？？」 真っ赤な顔で完全にどもってしまっている海堂をよそに、 と母親はきょとんとした顔をしている。 「おおおお前もお前だ、無防備にも程があるってさささっき言った…」 「気にしない、気にしない。私と薫ちゃんの仲でしょっ♪」 またまた無邪気ににっこりと笑う。 「…ちくしょう、勝手にしやがれ！ …先に風呂入ってくる！」 もう何を言っても駄目だと悟った海堂は、 いたたまれなくなって部屋を出ようとした。が… 「あ、待って薫ちゃん。お風呂、一緒に入ろ？」 「なっ…！？」 「ダメ？」 「駄目に決まってんだろ！？ …は、入ってくるからな、メシはその後だ！！」 「ちぇ〜っ…（本気だったらしい）」 「まぁ薫ったら照れちゃって。 やぁねえ男の子は…（こっちも本気だったらしい）」 「フン…」 照れ隠しにばたばたと階段を下りていく海堂だったが… 「ぅお！？」 途中で足を踏み外してズッコケてしまう。 平静を装っていても、動揺は隠せなかったらしい… ＊ ＊ ＊ 「薫ちゃーん、もっとこっち来たら？ 薫ちゃんお布団から出ちゃってるよ？」 「うっ…るせぇ！ 暑いからいいんだよ…！」 天然というか、どこかがズレている＆母親の 最強タッグのペースに抗えず、 結局、と一緒の布団で寝ることになってしまった海堂。 「…ね、こうしてると思い出さない？ 小っちゃい頃はよくこーやってお泊り会してたよね？」 「…お、覚えてねーよそんな昔の話…！」 「そぉ？ 私ちゃーんと覚えてるよ。なんか懐かしー…」 「お前なぁ…もう中学だぞ？ いつまでもこんなこと…その…なんつーか…だから… …………………………？ オイ…？」 「…Ｚｚｚｚｚ…」 「チッ…」 いったい何故こんなことになってしまったんだろうなどと 考えようとしても、もうそんな余裕はない。 心臓がものすごい速さで鼓動を刻んでいる。 同じ布団の中では、いくら離れてもいやがおうにも感じてしまう の体温に、理性がふっ飛びそうになるのをこらえて ようやく眠りについた海堂だったが… …………… 翌朝… 「フシュゥゥゥ…」 日課となっている早朝ランニングに合わせて５時きっかりに目覚めた海堂。 「……………」 心なしかいつもよりまぶたが重い。 普段ならすぐに布団から出て身支度にとりかかるのだが、 どうしても活動を始めることができずに しばらくの間そのままでまどろんでいた。 「…ん？ …何だコレ…あったけぇモンが…？」 ふと、何か温かくて柔らかいものを抱きかかえていることに気付く。 いまだにはっきりしない頭の中でそれは何だったか思索してみたが どうにも思い出せず、おそるおそる目を開けて確かめてみると… 「…………………………」 自分の腕の中で、がすうすうと寝息をたてていた。 どうやら眠っている間に、無意識のうちにを抱き寄せていたらしい。 「◎☆§◆×○□♪★◇▲〜〜〜〜〜！！？」 （声になってない） Back |