上を向いて歩こう 「薫ちゃん頑張れーっ！」 「海堂ナイスドリブル！」 「いっけーっ！！」 傾きかけた陽の下に響く数々の声。 ここ青春学園中等部のグラウンドでは クラス対抗球技大会が開催されており、 １年生男子サッカーの決勝戦が大詰めを迎えていた。 １年生でテニス部員の海堂とは同じクラスに在籍しており、 この試合に出場している海堂に、 はクラスメイトとともに声援を送っていた。 生徒会行事の一環として行われるこの球技大会では、 クラス対抗という性質上どうしても大人数の団体競技が採用され、 テニス部の生徒達は専門外の分野での出場を余儀なくされたが、 もともと運動能力の高い部員達は、 ここでも力を発揮し大会を盛り上げていた。 海堂とも例に漏れず、 それぞれ男子サッカーと女子バスケットボールに参加し、 ともにクラスの勝利に貢献してきたが、 残念ながら達は準決勝で僅差で敗退。 唯一決勝まで勝ち残った男子サッカーに、 彼らのクラスは優勝の望みを繋いでいた。 しかし、相手もまた決勝まで駒を進めたクラス。 そう簡単に勝たせてはくれない。 多くの男子サッカー部員を擁する相手クラスの猛攻に 防戦一方となりながらも、守備の隙をついて点を取っては取り返され、 試合は膠着状態が続いていた。 「絶対諦めないぞコラ…！」 海堂の思いとは裏腹に、延長戦の終了を告げるホイッスルが鳴る。 同点のまま決着が付かなかった試合は、ついにＰＫ戦へと突入した。 「フシュウウウ…」 ただ一人、ペナルティーエリアの中に立つ海堂は大きく息をつく。 「薫ちゃん…！」 は一度、祈るように目を閉じたが、 再び目を見開き海堂の足元のボールへと全神経を集中させた。 ドッ…！ 蹴られたボールは、ゴールキーパーの拳に弾かれ ―― 海堂はグラウンドへと崩れ落ち、頭を抱えた。 ＊ ＊ ＊ 閉会式が終わり、生徒達の姿がまばらになったグラウンド。 は友達数人とともにここに残り、 ごみ袋を手に後片付けの手伝いをしていた。 「…？」 応援席に残されたごみを拾いながら、ふと脇の植え込みに目を向ける。 その陰にいたのは、背中を丸めてうずくまる海堂だった。 「薫ちゃ…」 声を発しかけたものの、思わず口をつぐむ。 「…っ、く…っ…」 顔を覆う手の下から漏れる嗚咽。 「………」 そこに、同じクラスの男子生徒３人が通りかかる。 すでに帰り支度を終え、下校するところのようだった。 「…ったくよー、サッカーの奴ら優勝逃しやがって…」 「絶対勝てる試合だったよなー？」 ３人とも、試合には出場していなかった生徒達だ。 ＰＫ戦までもつれ込んで負けたのが不服だったらしく、 全員がふてくされた顔をしていた。 彼らの位置からは、おそらく海堂の姿は見えていない。 「あそこで誰かさんがＰＫ止められなきゃなー。」 「どんだけ活躍してたって、 決めるとこで決めてくれなきゃ意味ねえんだよ。」 「今日のワースト選手は、海堂で決まりだな！」 「…ッ！」 体じゅうの血が沸き上がるような感覚。 「ふざけるな…！」 は、男子生徒達に向かってごみ袋を投げつけた。 「なんだよ、負けて悔しいからって八つ当たりするなよな？」 「悔しい？ …うん、悔しいよ…。 だけど、試合に出てた人達はみんな頑張ってた！」 「頑張ってたって、肝心なところで頑張れねえから負けたんだろ？」 「何を偉そうに…見ているだけのあなた達に、何が分かる！？ 勝手に誰が悪いとか決め付けて、上から目線で人を非難するな！！」 グラウンドに響くの声。 手を止めた生徒達の視線が集まる。 「はは、なにムキになってんだよ…」 「なんか怒る気も失せたわ…もう行こうぜー？」 ３人はにごみ袋を投げ返すと、鼻で笑いながら帰っていった。 ＊ ＊ ＊ 「薫ちゃん…！」 男子生徒達が去った後、すでにそこには海堂の姿はなく、 その後を追ってやって来たのは、誰もいない中庭だった。 「………」 背を向けたままうつむき立ち尽くす海堂に、 は遠慮がちに声をかけた。 「気にすることないよ、あんな外野の言ってること。 向こうにはサッカー部もたくさんいて本当に強かったんだから…」 「……………」 「……………」 続く沈黙。 夕空に家路を急ぐ鳥達の鳴き声だけが聞こえてくる。 「…った…」 ようやく、海堂が口を開く。 「…選手に選ばれてから…ずっと自主練してきた… だけど…足りなかった…！」 絞り出された声は強く、しかしかすかにうわずっている。 「そんなことないよ…。 誰がなんて言ったって…薫ちゃんがいなかったら、 ここまで勝てなかったって、私は思ってる。」 「……ッ……」 海堂は、何も答えない。 はそっと歩み寄ると、震える背中を抱きしめ、 未だ熱を帯びたシャツに額を押し付けた。 「…負けたのは、薫ちゃんのせいじゃない。 薫ちゃんは、なんにも悪くない…！」 海堂は天を仰ぐ。 これ以上、涙がこぼれないように。 そしてその瞳には、次へと向かう強い決意が宿っていた ―― ＊ ＊ ＊ 「…、なにニヤけてんだ？」 「ううん、なんでもない。」 桃城に声をかけられ、は照れくさそうにほほえんだ。 「いよいよ決勝だな。 俺らのぶんまで、どーんとダンクシュートかましてくれよ？」 「さすがにダンクは無理だって…」 苦笑いするを、２年８組のクラスメイト達が囲む。 「でもちゃん、バスケも上手だなんてすごいよね。」 「さっすが、女テニのエースは何をやってもサマになるわぁ。」 「１年生の時はあと一歩のところで負けちゃったから… 今年は頑張りたいって思って、バスケ部の子達に混ぜてもらって 一緒に練習してきたんだ。」 意気揚々と頬を紅潮させるの横で、桃城は目を宙に泳がせた。 「あーあ、俺もバスケはちょっと自信あったのになー。」 「男子、まさかの初戦敗退とか…ありえないわぁ。」 「しょーがねーだろ、最初の相手がいきなりバスケ部だらけだったんだから。」 「ハイハイ、ドンマイドンマイ。」 「みんな、よく頑張ってたよね！」 笑い声を上げながら、グラウンド脇を通り過ぎ体育館へと歩いていく。 行こう、上を向いて。 まだ見ぬ景色へ、そしてその先へ ―― ワアアアアッ…！ その後ろで、ひときわ大きな歓声が上がる。 グラウンドでは、２年生男子サッカーの決勝戦が始まろうとしていた。 センターサークルに立つのは、７組の生徒達。 中央でボールに足を乗せた男子生徒が目配せをしたその先で、 海堂は小さく頷いた。 「１０、９、８、７…」 応援に集まった生徒達が、カウントダウンを始める。 ―― 青空の下、キックオフを告げるホイッスルが響いた。 special thanks to K.M , SAMURAI BLUE Back |