暖かい日差しを頬に感じて、目を覚まし、
ベットから降りてカーテンを開ける。
今日もまた、１日が始まる。
キラキラまぶしい朝日に向かってのびをして。
「・・・・・・はぁ」
不二は盛大にため息をついた。


―――――――「サボテン」―――――――


「はぁ・・・」
不二のため息は朝練が終わった後の部室でも続いていた。
もっとも本人は気づいてはいないようだが。
「あれ、不二、どしたの？ため息なんかついて」
となりで着替えていた河村が尋ねる。
続いてその脇から菊丸がひょっこり顔を出す。
「あ、分かった！不二、宿題わすれたんだろー。英語？数学？？」
今度は乾が顔を出した。
「英二、不二が今日宿題を忘れてくる確率は０．２３％だ。
　まずありえないよ」
少し離れた所で何気なく会話を聞いていたリョーマは。
（そんなデータ、なんの役に立つんだろう）と思ったが、
敢えて口には出さなかった。

「んー、じゃあなんだろう」
菊丸は首をかしげる。
「もしかして不二、具合でも悪いの？」
心配そうに尋ねた河村に、不二は答えた。
「ん・・・ちょっとね、悩み事」

すると。
河村の動きが止まり、
菊丸はあんぐり口をあけ、
乾の手からはノートがばさり、と落ちた。

「・・・・・・何、その反応は」

「えぇーー！だって、不二、悩みなんてあるの！！？？」
「・・・今、さりげなくひどいこと言ったね、英二」
小学生じゃあるまいし、もう中３なのだから悩みくらいあるのが普通ではないか。
「だ、だって、不二が悩み事だよ！？悩み事！！
　不二、悩み事の意味ってわかってる？
　悩み事って、〈悩む〉〈事〉だよ？？
　だって、不二って、頭よくって、テニスも上手くって、
　美人の姉ちゃんだっているじゃん！！
　何を悩むことあるんだよぉ。
　お前、贅沢だぞ！」
「あのねぇ・・・」
「それはひどいな、英二」
「乾！」
「不二の今の言動の問題点はそこにあるんじゃない。
　あの不二が、悩み事という自分の〈弱み〉を、
　オレたちに暴露したということに驚くポイントがあるんだ。
　これは、興味深いデータがとれそうだよ」
「・・・・・・」

殺伐としかけた空気を破るように、扉が開いて、
顧問との打ち合わせを終えた部長、副部長コンビが入ってきた。
「みんな、なにを騒いでるんだ？英二の声、外まで聞こえたぞ」
「あ、大石！聞いてよ！！あのね・・・」
菊丸はここで大きく息を吸いこんだ。
「―――――不二が悩み事だって！！」

すると。
大石は軽くよろめいて、
あの万年鉄面皮の手塚でさえも、眉をわずかに動かした。
「・・・キミ達まで・・・。いいよ、もう」
不二はふてくされた。

しばらくして。
３年レギュラー陣は部室の床に円になって座っていた。
緊急に「不二の悩み事相談室」が開かれたのだ。
見事不二の悩み事を解決した者には、
ゴールデンウィークの宿題の〈不二のノート写し権〉が贈呈されることとなった。
これは菊丸のアイディアである。

桃城は、（このメンツでそれを喜ぶの、英二先輩くらいっスよ・・・）
と思ったが、敢えて口には出さなかった。
ちなみに桃城・海堂・越前は参加はせずに、離れたところで傍聴している。


「んじゃ、不二、悩み事を話して」
不二は頷いた。

「腐るんだ」

「・・・へ？」

「サボテンが腐るんだ」
「・・・・・・」
予想外の悩み事にその場の全員が硬直した（手塚はいつもと変わらない）。
当の不二は、憂いを帯びた表情で目線を床に落としている。
「今朝もね、窓際に置いてたのがダメになってた」

「そういえば、不二ここ最近サボテン集めてたよね」
河村が言った。
「そのサボテンが上手く成長しない、ということか？」
大石が聞くと、不二が頷いた。
「うん、すぐに腐っちゃうんだ」

「うーん」
皆で頭を抱えた。思い思いの表情で、悩みまくっている。
強豪青学の主力たちのこんな姿はまずお目にかかれないだろう。
とても豪胆で強気な彼らにしては、珍しい光景だった。

河村が顔をあげて、ぽんっと手を叩いた。
「えっと、サボテンに話しかけるってのはどうかな」
「話しかける？」
「うん、たしかそういうのがいいって、この前テレビでやってた」
すると乾も賛成した。
「ふむ・・・。確かに、それはいい案かもしれないな。
　植物に話しかけると、成長が促進されるという研究データもある。
　実際に話しかけた花は、他のものより綺麗な花を咲かせるそうだ」
「うん、早速やってみる。ありがとう」
不二も笑顔で頷いた。

その晴れ晴れとした様子を見て、菊丸が少し唇をとがらせる。
「もう解決しちゃった〜。んじゃ、ノート権はタカさんかぁ」
「あ、そっか。うーん・・・。でも、オレはいいよ。
　宿題って分からないところがあっても、自分でやることにしてるんだ。
　その方が自分のためになると思って・・・。
　気持ちだけもらっとく。ありがとう」
「耳が痛くないか？英二」
「うるさいなぁ〜、大石」
菊丸は頬を膨らませた。

「あ、不二。どうせならさ、名前もつけたらどう？」
「名前？」
「そう。そうしたらもっと愛着がわくんじゃないかと思って」
河村の発言に、不二は「そうだね」と賛成した。
そしてなんかいい名前ない？とメンバーを見回す。
「あ、そうだ！じゃあここでいい名前をつけた人がノート権！
　タカさん辞退したんだから、いいでしょ？不二」
ころっと笑顔になった英二に、不二は苦笑して頷いた。
「やった！よっし、がんばるぞ〜！」

１０分後。
「サボちゃん」「サボンヌ」「とげＰ」・・・。
口々に意見が出たが、不二はいまいちどれもぴんとこないようだ。
しまいには「サボテンゾーン」「サボテンビーム」「トゲトゲ返し」など、
名前なんだか、技なんだか、わからないものまで飛び出す始末だった。

議論は完全に煮詰まってしまった。
必然的に参加者の視線は、先ほどから一言も発言していない、手塚に集まった。
不二が言う。
「ねぇ、手塚は？」
「・・・俺か？」
「うん、僕のサボテンになんかいい名前、付けてやってよ」
「名前、か・・・」

たっぷりとした沈黙のあと、
手塚は重々しく口を開いた。

「た・・・」
しかし、全く同じタイミングで菊丸も口を開いていた。
「あ、そうだ！〈太郎〉とかは平凡だからナシね！」
「・・・」

離れたところで聞いていた１、２年レギュラーは
小声でささやきあった。
「（桃先輩。今、部長、〈太郎〉って言おうとしてたっスよね）」
「（だな・・・。英二先輩のツッコミは偶然だろうけど）」
「（部長・・・（痛々しい・・・））」

２度目の沈黙のあと、再び手塚が重々しく口を開いた。
皆の意識が再び一身に集まる。
「は・・・」

すると今度は不二が、満面の笑みで。

「まさか・・・〈花子〉なんて、言わないよね、手塚。
　フフ、まさか、ね？」

「「「（今のは確信犯だ！！）」」」
１、２年生は恐怖に震えた。


「・・・・・・」
またまた沈黙。

沈黙。


沈黙。


沈黙。

海堂は
（まさか、〈太郎〉と〈花子〉だけでもうネタギレなのか、部長・・・）
と思ったが、敢えて口には出さなかった。

見かねた大石が口を挟んだ。
「あのなぁお前達、さっきからちょっとひどいぞ。
　いくら手塚でもそんな単純な名前、つけるわけないだろ」
そして大石は信頼に満ちたまなざしで手塚を見つめた。
「手塚ならもっといい名前、付けてくれるさ。なぁ？」
手塚はそんな親友の、悪意のカケラもない視線に絶え切れないのか、視線をそらし。
「大石・・・すまない」
「て、手塚！？」
手塚は静かに部室を出ていった。

その背中を見送った１・２年生は。

「（今の、とどめは副部長っスね）」
「（悪意がないのが1番こぇーな、こぇーよ）」
「（部長・・・（気の毒に・・・））」
とささやきあうのだった。

いつまでたっても名前が決まらないので、次第に話題は移っていった。
菊丸だけはノート権に未練があるのか、まだ必死に名前を考えていたけれど。
乾は不二に尋ねた。
「不二、一つ聞くが・・・。サボテンにはどのくらいの頻度で水をやっている？」
「ん、朝晩にそれぞれ1回」
「それは多すぎるな。サボテンは普通の植物と違って、あまり水を
　必要としないんだ。一週間に何回かでちょうどいい」
「そうなんだ。知らなかった」
「それにサボテンは冬眠もする。その間も水はいらない。
　もともと砂漠の植物だから、水をやりすぎるとよくないということだ」
「うん、気をつける」
不二は頷いたが、クスっと笑った。
「でもね。サボテンってかわいくて、つい水をあげちゃうんだ」
「かわいい？」
大石が聞いた。
「うん、なんだかね。上手く言えないけど・・・。
　一生懸命トゲトゲして、一生懸命自分を守ってるのがいじらしくて。
　・・・変かな？」
「いや、変だとは思わないよ。
　面白い解釈だとは思うけど・・・。たしかにその通りだよな」
「ありがとう、大石。
　かわいくても、今度から水あげないようにしないとね」
「水を注ぎすぎるとだめになるし、
　逆にあげなすぎても枯れてしまう。
　その匙加減が結構難しい植物なんだな、サボテンって」

その時、今まで沈黙していた菊丸が、ばっと顔をあげた。
「あ〜、オレたった今、いい名前思いついた！」
菊丸がにこっと笑う。
「不〜二っ、耳貸して！」
「（ごにょごにょ）」

「ね、どう？？ぴったりでしょ？？」
耳打ちされた不二は驚いたように目を見張って、
そして微笑んだ。
「・・・・・・うん、そうだね。・・・ぴったりだ」
へへっと菊丸は笑って、ブイサインをだした。
「じゃあ、これに決定ね！！不二、ノートよろしく！」

不二は早速帰りにフラワーショップで新しいサボテンを買った。
不二はうん、と一つ頷いてサボテンの鉢に、マジックで、
つい先ほど決定した名前を書いた。
これはダメにしてはいけない、絶対に。

その夜。ゴールデンウィークを利用して裕太が家に帰ってきた。
食事の後、部屋に戻った不二を、裕太が訪れた。

「兄貴」
「裕太、どうしたの？」
「オレのシャツ、兄貴の方に来てないか？一枚足りないんだ」
「そう。僕は分からないから、部屋、勝手に探していいよ」
裕太はクローゼットを開けようとしたが、窓際の真新しいサボテンに目を止めた。
「兄貴、サボテン増えたな」
「うん、これは今日買ってきたんだ。かわいいでしょ？」
「かわいい？？・・・サボテンが？？・・・変なヤツ」
裕太はサボテンの一つをとりあげて、まじまじと見た。
（・・・かわいい？？）
実の兄ながら、よく分からない。
すると、不二が言った。

「紹介するよ。僕の弟の裕太だ」
「は？」
「あはは、そんなにびっくりしないで。
　僕ね、サボテンがちゃんと成長するように、
　今日からサボテンに話しかけるようにしたんだ。」
裕太は、てっきり姉が姉だけに、兄がついに霊界との交信に
成功してしまったのかと思って、どっきりした。
「その子、ちゃんと名前もあるんだよ」
「名前まで付けてんのか・・・。ますます変なヤツ」
不二は笑っている。
「で、なんていうんだ、これ」
裕太の手には、ひときわ立派なトゲをもったサボテン。

「ユータ」
「は？」
「ユータ」
「だからなんだよ」
「ユータ」
「あのなぁ、さっきから返事してるだろ？」
「違う。〈ユータ〉って言うんだよ、そのサボテン」
「はぁ！？」
あわてて裕太がサボテンを元に戻した。
「き、き、き、気持ち悪いことすんなよ！！バカ兄貴！」
楽しげに〈ユータ〉、〈ユータ〉と話しかける兄の姿を想像してしまったのか、
腕には鳥肌が立っている。
「ひどいなぁ」
不二はクスクス笑っている。
そして〈ユータ〉を手に取った。

さっき英二に。
「名前、〈ユータ〉ってどう？？ぴったりでしょ？？」
そう耳打ちされた時に気がついた。

そう、サボテンは裕太とそっくりだ。
トゲトゲして、必死に自分を守ってる、いじらしい存在。
触れようとしてトゲで傷つく事も多いけれど、かわいい存在。

昔は一緒にいたけれど。
僕のそばから裕太が離れて行ってしまって。
僕は愛情を注ぐ対象が側にいなくなって。
だから僕はサボテンを集め始めたのかもしれない。

もしかしたら。
裕太が寮に入ったのはいいことなのかもしれない。
だって、そばにいたら、きっと僕は。
愛情を注ぎすぎて、裕太をダメにしてしまうから。

足りなくてもダメ。
でも与えすぎてもダメにしてしまう。

愛情の微妙な匙加減。
それが僕とキミとの関係。

離れていても、見守っているから。
だから。

「元気に育ってね。裕太！」

不二は、ちょんとトゲをつついた。

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管理人のオフライン友達、マナちゃんが青学SSを書いてくれました〜！
“サボテン＝裕太”っていう発想が新鮮ですよね。
弟想いの不二先輩に感動しっぱなしです。私もこんなふうに想われたい…（オイ）
青学メンバーがわいわいやってる場面では一人一人のキャラがすごくよく出てて、私も見習いたいよ…。
マナちゃん、ほんとにありがとね〜ｖｖ

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