第６話 二つの顔を持つ女 ウォール教 ―― 人類を守る三重の壁を神として崇める宗教団体。 ５年前のウォール・マリア陥落以降、急速に信徒を増やし、 王政に対しても発言権を得るまでにその勢力を拡大した。 壁に人の手を加えることを良しとしない、その徹底した保守思想は 壁外不干渉の方針を貫く王政とも近しく、 上位の神職者は王政関係者以外で唯一壁の秘密を知る者達とされている。 ―― 時は遡り、ストヘス区で行われた女型の巨人捕獲作戦。 戦闘で破壊されたウォール・シーナの内部から巨人が発見された。 駆けつけたウォール教のニック司祭の指示により即座に 巨人を隠す処置がとられたものの、その言動を不審に感じたハンジは、 ウォール教が隠してきた壁の秘密について彼を問い詰める。 命を奪うと脅されてもなお口を割ろうとしないニックであったが、 調査兵団と行動を共にしたことで人類の置かれている状況を目の当たりにし、 壁の秘密に関わる少女“ヒストリア・レイス”の存在と これまでウォール教がその監視を担ってきたこと、 そしてクリスタ・レンズがそのヒストリア本人であることを告白、 彼の身柄はトロスト区の調査兵団施設で保護されることとなった。 一方で、リヴァイ率いる特別作戦班にはクリスタを含む104期生達が 補充され、壁奪還の鍵となる巨人化能力を持つエレンと 壁や巨人の真実に繋がる可能性を秘めたクリスタの二人を守るため、 人里離れた山奥に身を隠してエレンの巨人化実験を進めていた。 その中で、クリスタもまた偽名を捨てる決意を固め、 自らが“ヒストリア・レイス”であることを仲間達に告げたのだった。 ―― 自身はレイス卿領地内の牧場で生まれ、 周囲の人々からも、実の母親からでさえも忌み嫌われて育った。 ウォール・マリア陥落から数日後、領主ロッド・レイスが 訪ねてきて父親を名乗るものの、そこに突如現れた男達により 母親は首をかき切られて死に、自身も殺されそうになる。 だがその時、父親が別人として遠い地で生かそうと言い出したため 一命は取り止めたものの、偽名を与えられて故郷から追放され、 行く当てもなく開拓地へとたどり着いた、と ―― ＊ ＊ ＊ 「祈りましょう…マリア、ローゼ、シーナ。 三つの女神の健在を、我々の安泰を…」 ウォール・シーナ北部の突出区、 オルブド区の教会で行われている祈りの儀式。 ニック司祭の失踪後、ウォール教では新たな指導者が急速に台頭していた。 聖女“マリア” ―― 小さな体を包むゆったりとした白いワンピースに、 三つの壁の紋章を模したネックレス。 豊かな髪の下に見え隠れするのは、長い睫毛に縁取られた大きな瞳。 全体としては清楚な雰囲気ながらも、小振りでやや厚みのある唇が かすかに色香を放っている。 ―― その正体は、調査兵団第三分隊班長、・。 教会内に借りた居室の屋根裏に立体機動装置一式を隠し持ち、 長いスカートに隠れた大腿にはホルスターを装着し常に拳銃を携帯している。 また、伝書鳩のサクラによる調査兵団本部との情報交換も 秘密裏に行っていた。 ＊ ＊ ＊ 事の次第はこうである。 ウォール・ローゼ内地戦で分隊長を欠いたほか第三分隊の兵士達は 一時的に第四分隊に組み込まれ、分隊長であるハンジの元で動いていた。 ハンジの命を受け、は数名の班員とともに 地方貴族であるレイス卿の領地に程近いオルブド区に潜伏していた。 主な任務は、王政に近い組織とされるウォール教の監視と クリスタ改めヒストリアの出自と考えられるレイス卿領地内の調査。 拠点に定めたのは、比較的多くの人々の出入りがあるウォール教の教会。 は、“マリア”という偽名を使い、教団内に潜入する。 元々は、“教会に住み込んで雑務を行う身寄りのない一信徒”を 装うはずだった。 だが、信徒の証とも言えるネックレスを所持していなかったことから 正体を怪しまれ、とっさに大芝居に打って出たのだった。 「マリアとか言ったな… 貴様、本当に壁の信徒なのか…！？」 「…！」 「身元も明かさずいきなり転がり込んできて おかしいとは思っていたが…何者だ？」 「……」 「もしや誰かの差し金か？」 「……」 「なぜ何も言わない？ …何を隠している！？」 「…分からない…何も…」 「とぼけるな、いい加減白状しろ！」 「……………」 は覚悟を決めた。 スカートの中の拳銃に手をかける。 「ご…ごめんなさい…本当に…分からないんです… 覚えているのは…自分の名前… …そして…壁を守るってこと… …壁の中の…ッ…巨人を守らなくては…ッ！」 「なっ…！？」 「…神の声が聞こえるんです… 巨人を…壁を守るのが…私の使命… あとは…何も分からなくて… …だから…ここにいれば何か思い出せるかと…！」 「この娘は…一体…？」 記憶を失った哀れな娘を演じながらも、 ハンジから聞いていた壁の秘密を断片的に伝える。 “壁は巨人で造られている”…その事実を口にした途端に、 神職者達は驚愕し彼女に対する態度を改めた。 この頃、壁内の治安は悪化の一途をたどっていた。 ウォール・ローゼ内地に巨人が出現したことで、 そこに住む住民達は地下街での窮屈な避難生活を強いられた。 それにより立ち退きを命じられた地下街の不法住民と憲兵との衝突が頻発、 また、ローゼ内の安全が確認されるまでの一週間で食糧は底をつき、 飢餓か略奪かの二択が目前まで迫っていた。 不安と不信が募ってゆく壁内で人々は救いを求め、 それはウォール教の信徒達も例外ではなかった。 そのような情勢下での若く美しい指導者の出現は、教団にとって 大きな求心力となり、ある種の狂信的な支持を得るに至った。 自らをマリアと名乗ったことが功を奏し、また、彼女自身の容貌も相まって、 “人類を守る女神の転生”とも“やがて来たる復活の象徴”とも称えられた。 ＊ ＊ ＊ 「神の手より生まれし三つの壁は、 我々の信仰心を捧げることでより強固になるのです。」 の澄んだ声が聖堂内に響く。 その声に導かれるように、信徒達は静かに祈りを捧げる。 「神を信じる無垢な心こそが巨人から我々を守る術であり、 唯一巨人を退けられる力で…」 ―― バンッ！ 静寂の中、教会の扉が開かれる。 そこにいたのは、貧しい身なりの若い農民の兄妹だった。 「…どうなさったのですか？」 「村が強盗に襲われて、なんとか逃げ出してきました…」 「怖い…怖いよ…もう家には帰りたくないよぉ！」 「妹がこんななので、落ち着くまでしばらく身を隠そうと思い、 人の多い街なかに来たのですが… 食べるものも、今日寝る場所もないんです。 どうかお導きを…」 「なんと哀れな…さあ、中へお入りなさい。」 は、二人を優しく抱き寄せる。 まるで聖母のようなその姿に見惚れる信徒達の目を盗み、 二人はに書簡を手渡した。 「班長、レイス家に関する調査結果だ。」 「領地内の礼拝堂の場所も特定しました！」 「ありがとう、よくやったケビン、レーナ…！」 ＊ ＊ ＊ 数日前、リヴァイ達が調査兵団本部を発つ前夜。 「ウォール教への潜入調査だと…！？ 何考えてやがるこのクソメガネ！」 ハンジに掴みかかるリヴァイ。 「最終的に判断して、許可したのはエルヴィンだよ。 あの子の実力はばっちりテスト済だからね。 巨人領域の調査と戦闘に長けた“戦姫”だと聞いていたから、 初めは正直、今回の作戦には向かないと踏んでいたんだけどね…」 …………… 「「晩餐会…？」」 と第四分隊に属する女性兵士・ニファの声が重なる。 大きな目をぱちくりさせる二人に対し、ハンジが話を続ける。 「そう。今夜、隣町でこの界隈の貴族や有力者が集まる晩餐会が開かれる。 そこでお偉いさん方とお近付きになって、 調査兵団への寄付を取りつけるって段取りだ。 なんせ金持ち達の巣窟だからね、兵団の資金集めには格好の場なんだ。」 「わあ、面白そうですね！」 「せっかくだから、我が調査兵団が誇る綺麗どころを お披露目しようと思ってね。」 「嬉しい…ぜひご一緒させてください！」 ハンジの説明に目を輝かせるニファとは対照的に、 はいぶかしげな表情を浮かべる。 「趣旨は分かりましたが…どうして私達が…？」 「そりゃあもう、今や調査兵団男性陣の人気を二分する うちの“天使”ニファと、第三分隊の“戦姫”で決まりでしょ。」 「はあ…」 「さあ、そうと決まったら支度、支度！」 ハンジは意気揚々と、二人を更衣室に押し込んだ。 「ねえニファ…なんかこれ、背中開きすぎてない？」 「そんなことないですよー。 夜会用のドレスは肌を出すほどフォーマルなんですって。 あ、髪とお化粧も、私がやっていいですか？」 「うん、よく分からないからお願い…」 「わあ、さん髪キレイですね！ 私も髪伸ばそうかなー…」 開拓地と兵団での質素な暮らししか知らず、 これまでに見たこともない高価なドレスや宝石類と 初めての化粧に戸惑うだったが、 ニファの手により瞬く間に身支度は完了した。 兵団本部の門前にはすでに馬車が待機しており、 正装したリヴァイとハンジが待ちかねていた。 「おーっ、二人ともイイねー！」 「えへへ…兵長兵長ー、どうですか？」 「フン…どんなに着飾ろうが小便臭ぇガキに興味ねえよ。」 「ちぇーっ…」 普段はまず着ることのない衣装とハンジからの称賛に 気分を良くしたニファはリヴァイの前でくるっと一回転してみせたものの、 その冷淡な返答に口を尖らせる。 一方は、タキシードに身を包んだリヴァイと目が合うと、 ますます自分は場違いなのでは…と、恥ずかしそうに目をそらした。 「うわぁー…」 晩餐会の会場に到着した四人。 贅の限りを尽くした料理や装飾品に、とニファは目を奪われる。 ハンジはリヴァイを連れ出し、二人と距離を取った。 「オイ…いいのか、あいつら二人だけにして。」 「まあ見てなって。」 そう言うと、ハンジはさっそく貴族達の輪に加わった。 「すごいお料理ですね！ さん、せっかくですからいただきましょう？」 「あ、うん… （いいのかな、こんな贅沢な場所に来てしまって… だけどこれも任務のうち、なんだよね。 しっかり資金集めをしなくちゃ…！）」 ニファに手を引かれて我に返り、気を引き締めるだったが、 そこに恰幅の良い初老の紳士が声をかけてきた。 「おお、これはこれは…なんと可愛らしいお嬢さん方だ。」 「あ、あの…えっと…」 「こんばんは、お声掛けいただき恐悦至極に存じます。」 突然のことで返答に窮するニファを制し、 は両手でスカートの裾を軽く持ち上げて うやうやしく一礼した。 「君達は調査兵団の兵士だそうだね。 ぜひ武勇伝をお聞かせ願いたいものだ。」 「そうですね…それでは、駐屯兵団と共闘した トロスト区奪還戦のお話でも…」 実際のところは何かボロが出ないかと気が気ではなかったのだが、 外から見れば、出発前の不安そうな様子が嘘であるかのように 貴族達の中に溶け込んでいた。 そして数時間後 ―― 「ふー、お腹いっぱいです…」 「ふふふ…いちまーい、にまーい、さんまーい…」 満足気な笑みを浮かべるニファの横で、 ハンジは貴族達から受け取った小切手を勘定していた。 「オイ、もういいだろう？ 俺は帰って残務処理をしたいのだが。」 「そうだね、成果は上々。そろそろ失礼しようか。 って、あれ…は…？」 その頃、晩餐会が開かれている広間から離れた薄暗い小部屋の中で、 は数人の若い男に組み伏せられていた。 「…ッ、何をする…！」 「こいつ調査兵団なんだってよ。」 「へえ…どうりで気が強いわけだ。」 「こういう反抗的な女を屈服させるのが楽しいんだろうが。 見ろよ、兵士にしちゃあ綺麗な顔してるじゃねーか。 こりゃあ嬲り甲斐があるな…」 「触るなッ…！」 リーダー格の男がの上に馬乗りになり、 ベタベタと顔に触れながら卑猥な笑いを浮かべる。 体をよじって精一杯抵抗するが、頭上から両手を押さえられているため 男の手を振り払うことはできない。 「ボク見たよ、ボクのパパがこの子に小切手渡してるとこ…」 「はっ、それなら何されても文句は言えねえよなぁ…？」 「俺らの税金で生かしてやってんだ、少しは市民の役に立ちやがれ！」 「このクズが…殺してやる…！」 強い憎悪の視線を向けるものの、男達は意に介さない。 「やれるもんならやってみろよ、大変な騒ぎになるだろうけどなぁ。」 「兵士が民間人を殺害…銃殺刑、いや絞首刑だったか…」 「ボク、絞首刑がいいな…パパに頼んで公開処刑にしてもらおう… この子がいろんなもの垂れ流して苦しみながら死ぬとこ見てみたい…」 「……ッ……！」 これまで巨人達と戦い、圧倒的な討伐数を持つだったが、 気の置けない兵団の仲間達に囲まれての生活が続いたことから 人間の恐ろしさに対しては無防備になってしまっていた。 この時の恐怖は、開拓地で罵られ、石を投げつけられていた頃の比ではない。 人間というものは、もしかしたら巨人よりも狡猾で残忍で、 遥かに罪深い存在なのかもしれない…。 「いやァァァッ！！」 悲鳴と、布の破れる音。 その時 ―― 複数の鈍い音が響き、ある者は弾き飛ばされ、ある者は倒れ込む。 「誰だお前…や、やめろ…ボボ、ボクのパパは偉いんだぞ…？ パパに言いつけてやるからな、そ、そしたらお前なんか…！」 「テメエがいちばんタチ悪そうだな…寝てろ。」 最後の一人の胸ぐらを掴み、顔面を力任せに殴りつける。 「…誰…？」 暗がりの中で、は目を凝らす。 うめき声を上げる男達の中心に立っていたのは、リヴァイだった。 「……」 自身のジャケットを脱いでうずくまるの肩にかけ、 その腕を掴んで立ち上がらせる。 「兵…長…」 「…ずらかるぞ…」 ―― 帰り道、霧深い街路を走る馬車の中。 程良い振動が心地良く、ハンジとニファは二人並んでぐっすり眠っている。 「……」 ジャケットを羽織ったまま、は終始うつむき、 震える手でリヴァイのシャツの袖を握りしめていた。 それに気付いたリヴァイが自らの手をその上に重ねると、 はそっとリヴァイにもたれかかった。 「………」 触れたところから伝わる体温に、張り詰めた心が溶かされていく。 やがてその頬に赤みが戻り、安堵の表情で目を閉じる。 「……………」 ぼんやりとした街の灯が、次々と窓の外を通り過ぎていく。 その刹那ごとに淡く温かく照らし出されるの横顔を、 リヴァイは姿勢を崩すことなくただ眺めていた。 本部に着くまでの間、二人が言葉を交わすことはなかった ―― …………… 「今回の作戦のための人員の配置でちょっと迷ってしまってね… 相手はキナ臭いあの教団だ、潜入調査には見た目だけじゃなく 演技力と度胸が必要だと思って、ああいう形でテストさせてもらった。」 ハンジはリヴァイに掴まれた襟の乱れを直しながら とつとつと話し続ける。 それが気に入らず、リヴァイはさらにハンジに詰め寄った。 「ふざけるな…あの時だって、結局は俺が助けたんだろうが。 バレたらあいつはどんな目に遭う？ 拷問か、それとも…」 「もちろん覚悟の上でだよ。 だからこそは、万一の時には自害できるよう 銃を持って行った。」 「…なッ…！？」 リヴァイの顔色が変わる。 「さっきからどうしたんだよ…君らしくもない。 少し外で頭を冷やしてきたらどうだい？」 「…クソッ…！」 リヴァイは、苛立った様子で部屋を後にした。 「…大丈夫。私達が思っているよりずっと強くて賢いよ、あの子は。 それは君だって、分かっているはずなのにね…」 困惑とも寂しさともとれる曖昧な笑みを浮かべながら、 ハンジはソファに腰を下ろす。 見上げた窓の外の北の空には、満点の星が瞬いていた。 ＊ ＊ ＊ ウォール・ローゼ内地戦から一週間。 調査兵団に匿われていたニック司祭が殺害された。 自ら現場に出向いたハンジは、憲兵団の中でも独自の指揮系統を持つ 王政直轄の“中央第一憲兵団”の仕業であることを見抜く。 その一方、追手が迫っていたことから山奥の拠点を離れ、 トロスト区内を移動していた特別作戦班の兵士達は、 中央第一憲兵団の依頼によりエレンとヒストリアを拉致しようとした リーブス商会のディモ・リーブス会長とその部下達の身柄を確保する。 商業活動の拠点としていたトロスト区が巨人の侵攻により 壊滅的な被害を受け、また、二人の拉致に失敗したことから 窮地に立たされるリーブスだったが、リヴァイから調査兵団に 全面協力することで今後の活路を見出すよう提案を受け、これを承諾した。 そして、彼らの協力を得て拘束した中央第一憲兵団の兵士の口から、 自分達は王の命に従い王政にとって脅威となる人間の抹殺や 不都合な情報の隠ぺいを担う部隊であり、その真の王家とは、 フリッツ家ではなく“レイス家”であるという真実が語られた。 ―― バタタッ…！ 「サニーさん、この鳩は…！」 「班長だ…班長からの報告だ！」 調査兵団本部で待機していた第三分隊の兵士達の元に届いた書簡。 そこには、レイス卿領地潜入班としての調査結果が記されていた。 レイス家には五人の子のほか、使用人との間に隠し子がいたこと。 ウォール・マリアが破られた日の夜に領地内のレイス家所有の礼拝堂が 盗賊の襲撃を受けて全壊し、その中にいた一家全員が 当主であるロッド・レイスを残して惨殺されたこと。 それほどの被害がありながら襲撃に気付いた住民はおらず、 また、ロッドはその後すぐに礼拝堂を再建したこと。 以上のことから礼拝堂の存在が重要な鍵となると考えられ、 その所在を特定したこと ―― 「これは…一刻も早く団長に…！」 「駄目だ…団長は今、王都に呼び出されている。 奴ら、どうしても俺達の動きを封じたいらしい。」 「させるかよ…これは、班長やケビン達が命懸けで集めた情報だ。 なんとしてでも、この報告は俺が団長に届けてやる！」 「ああ、頼んだぞルフィン！」 こうして、伝令役の兵士はサクラとともにエルヴィンの元に向かった。 以前より壁や巨人に関する情報を封鎖し続け、 調査兵団を目障りな存在として排除しようとしていた王政だったが、 エレンの出現以降その干渉はより過激化していた。 召喚に応じ王都に出向いていたエルヴィンは、 エレンとヒストリアを手中に収めるために手段を選ばず、 また、自身の権利や財産を守るためであれば住民の保護は二の次とする 王族や貴族達の姿を目の当たりにし、彼らに見切りを付ける。 そして、各所の兵士達により集められた情報を集約した上で、 ヒストリアを女王として即位させる方針を固めた。 壁内の実質的な最高指導者であり、フリッツ王家でさえも 指揮下に従えるヒストリアの父、ロッド・レイス。 その身柄を確保し、民衆の面前で偽りの王であるフリッツ王から 正当な王位継承者であるヒストリアに王冠を譲らせる。 そして壁内の人類を統一して協力体制を築き、調査兵団が その先頭となってウォール・マリアを奪還する…！ だが、作戦は思いどおりには進まなかった。 調査兵団と密約を結び、表向きは中央第一憲兵団に従う形で エレンとヒストリアを彼らに引き渡しその尾行を試みたリーブスだったが、 その裏切りを察知した中央第一憲兵団“対人立体機動部隊”を率いる ケニー・アッカーマンの手により部下達とともに命を奪われ、 エレン達もまた連れ去られてしまうのだった。 ＊ ＊ ＊ 「祈りましょう…マリア、ローゼ、シーナ…」 敬虔な信徒を装い、祈りを捧げる日々は続く。 “…私の、本当の名前は…ヒストリア。 私、ヒストリアっていうの…！” 「…どうして今まで思い出せなかったんだろう… 開拓地にいたあの女の子は、やっぱりクリスタだった…」 周りは敵ばかりという状況で耐え続ける中、 は、ヒストリアへの想いを募らせていた。 「クリスタ…きっと今、ものすごい重圧の中で戦っているはず…」 今すぐにでも会いたい。 会って、あの小さな体を抱きしめたい ―― 「私だって…私を見込んでくれたハンジ分隊長のためにも、 あの時助けてくれた兵長のためにも、今度は絶対にしくじれない…！」 一日の務めを終え、夕日の差し込む中で教会の戸締りを始める。 そこに、ユニコーンの紋章を背負った兵士が二人入ってきた。 「憲兵様…？ すみません、今日はもう…」 「おおっ、これが噂の聖女マリア様か！」 口元を緩めての顔を覗き込む若い兵士を小突き、 もう一方の年配の兵士が指名手配書を手渡した。 そこには、お世辞にも似ているとは言えない人相書きとともに リヴァイの名が記されていた。 「これは…？」 「調査兵団が民間人を殺害した。 一部の団員は出頭命令に背き未だ逃亡中だ。 それらしき人物を見かけたら、情報提供を願いたい。」 「…ッ…一体何が…？」 震える声を抑え、平静を装って尋ねる。 「南のトロスト区を取り仕切るリーブス商会の会長らが 街なかで遺体となって発見された。 数日前に区内でエレン・イェーガーほか一名が連れ去られる事件があり、 我々の捜査でリーブス商会の関与が明らかになったのだが、 その後調査兵団がエレンの能力を独占するために会長らを襲い殺害、 実行犯は彼らを連れて逃亡中と見られている。」 「…逃亡、ですか…」 「我々は会長らに対する組織殺人の容疑で、調査兵団の活動停止と 最高責任者であるエルヴィン・スミス以下全団員の出頭を命じたところだ。」 「…！」 は、思わず息を飲み目を伏せた。 「…それで…調査兵団は…、 …兵士達は、どうなるのですか…？」 「容疑が晴れなければ調査兵団は解散、捕えた団員は全て絞首刑となる。」 「…！！ …そんな…！」 「へえ〜、さすがは聖女様だな。 あんな変人の集団にまで心を寄せられるとは、なんてお優しいんだ！」 もうこれ以上は動揺を隠しきれないかと観念しかけた矢先、 思いがけず若い兵士に救われる。 「そうだな…だが匿った者も同罪だ。分かっているな？」 「…ッ…心得ております… 指名手配の件、承知しました。 …我らが王家と兵団に、神のご加護がありますように。」 兵士達を見送った後、居室に戻り、膝を抱えてうずくまる。 「………」 本部へと飛び立ったきり、サクラは今日も帰ってこない。 「サクラ…今どこにいる…？ ケビン、レーナ…みんな、捕まってしまったの…？ 団長はどうしてるの？ ハンジ分隊長は？ …兵長は…？ 外では…何が起こってるの…！？」 ケビンとレーナを再び調査へと送り出して以降、 自らが指揮するレイス卿領地潜入班の兵士達からの報告も 途絶えてしまっていた。 それは、エルヴィンをはじめ調査兵団の兵士達の身柄が拘束、 王都へと連行されたことを意味していた。 調査兵団の解体が進められていく ―― Back |