第７話 政変に隠れた物語 “俺は普通じゃない、異常な奴だ… 異常なものをあまりに多く見すぎちまったせいだと思ってる ―― ” かつて都の地下街でリヴァイを育てた男、ケニー・アッカーマン。 “切り裂きケニー”と呼ばれ恐れられた大量殺人鬼であり、 彼を捕えようとした百人以上もの憲兵が喉を切り裂いて殺害された事件は、 未だに都市伝説として語り継がれている。 しかし今、“力”を求めた彼は、調査兵団の対抗組織として 結成された中央第一憲兵団・対人立体機動部隊の隊長となり、 リヴァイの前に立ちはだかることとなる。 エレンとヒストリアを追って先回りした市街地で リヴァイ達は対人立体機動部隊の奇襲を受け、 その最中にケニーとリヴァイは敵として再会した。 戦闘の中で、リヴァイはケニーの部下達を返り討ちにし、 特別作戦班の104期生達もまた、人間同士の戦いにおいて 自らの手を汚す覚悟を決めたのだった。 ＊ ＊ ＊ 憲兵団による包囲網をかいくぐり逃亡を続けていたハンジは、 王政の圧力に屈してきたストヘス区のベルク新聞社と リーブス会長の息子フレーゲルを説得し、民衆への事実の暴露を試みる。 フレーゲルは自ら囮となって中央第一憲兵団の兵士達を罠にかけ、 住民とベルク社の記者達の目前で彼らから父殺害の真相を引き出すとともに、 ベルク社は号外の発行により調査兵団粛清にまつわる王政の陰謀を告発した。 そして、最後の審判を下されるべくフリッツ王と側近達の前に引き出された エルヴィンは、ザックレー総統と駐屯兵団のピクシス司令に全てを託す。 彼らは巨人によりウォール・ローゼが突破されたとの誤報を流し、 ローゼ内地の住民を見殺しにしてでも己の保身を優先する王政の本性を 白日の元に晒した。 かくして、兵団によるクーデターは成功した ―― ＊ ＊ ＊ 翌日の早朝 ―― 「あはは…っ！」 夜明けとともに訪れた信徒から渡されたベルク社の号外を手に、 は思わず笑みをこぼす。 「どうされたのですか、聖女様？」 「いえ…何でもありません。 あまりに急激に世の中が動きすぎて… 気持ちが追い付けずにいるのかもしれませんね…」 「聖女様、お気を確かに…」 不安そうな面持ちの信徒達が集まってくる。 「フリッツ王に従っていた司祭様達も身柄を拘束されたと聞きます。 ウォール教は…私達は、どうなってしまうのでしょうか…？」 「大丈夫…兵団は市井の人々と共に在るということが、 今回の一件で明らかになりました。 いくら旧王政に近しい我が教団と言えど、 罪なき民まで咎めたりはしないでしょう。」 は、晴れやかな表情で信徒達を諭した。 「私の身柄も、じき憲兵達が引き取りに来るでしょう。 私も、ウォール教の指導者として罪があればそれを償い、 これからは兵団に従い民のために働くつもりです。」 「聖女様…」 「…さあ、今日はもうお帰りなさい。 この国と全ての人々に、神のご加護がありますよう…」 信徒達を帰して扉を閉じた後、拳を握りしめその場にしゃがみ込む。 「やっ…た…！」 抑えきれない高揚感に、声を振り絞る。 バサバサッ ―― ！ 「…サクラ！？」 聞き覚えのある羽音に振り返ると、窓辺でサクラが羽ばたいていた。 白い羽は汚れ、心なしか痩せたようにも見える。 両手を差し出して迎え入れ、ぎゅっと胸に抱いた。 「サクラ…無事だったんだね…良かったぁ…！」 「クックッ…クックッ…！」 その鳴き声に異変を感じ、急ぎ書簡を取り出す。 「エルヴィン団長からだ…！」 エルヴィンは、これまでのアーベルとの働きから、 “サクラはが放した場合は調査兵団本部へ、 他の者が放した場合は最後にの姿を見た場所へ戻ってくる” という法則を見出していた。 そしてクーデターの後、王宮の軒下にとどまっていたサクラを見つけて 部下に保護させ、オルブド区で潜伏を続けるに宛てて 来るべき戦闘に向けての指示を送ったのである。 は、書簡に目を通す。 「…クリスタ…」 開拓地で出会った弱々しく幼い少女の記憶と 調査兵団の制服に身を包んだ現在の姿が交錯し、 思わずその名をつぶやく。 ―― ズズゥゥ…ン！ その時、轟音とともに振動が走った。 「来たか…！」 ＊ ＊ ＊ クーデターの成功によりエルヴィン達が釈放された後、 リヴァイ率いる特別作戦班は夜陰に乗じて中央第一憲兵団の拠点を制圧し、 ハンジと合流してレイス家領地内の礼拝堂を目指す。 その時すでに、礼拝堂の地下に造られた広大な空洞には、 再会を果たしたロッドとヒストリア親子、そしてエレンと 彼らの身柄を移送したケニーが到着していた。 そこで、ロッドの口から真実が語られる。 真の王家であるレイス家が持つ巨人の“力” ―― それは、人々の記憶と全ての巨人を支配し操る力。 そして、人々が知らないこの世界の成り立ちとその経緯の真実、 言わば“失われた世界の記憶”。 レイス家の人間は、王となる者がこの地下空洞にて巨人化薬を摂取し 先代の能力者を捕食することでその力を代々受け継ぎ、 一人の人間に“力”と“記憶”を掌握させることにより、 その者に人類の行く末を委ねていた。 かつてその力はロッドの長女が所持していたが、 それを欲したエレンの父グリシャ・イェーガーは 自らを巨人化して彼女を捕食するとともに、 レイス家を根絶やしにするべくロッド達を襲った。 難を逃れたロッドは、その数日後に唯一生き残った血族である 隠し子のヒストリアに接触する。 その場に現れた中央第一憲兵団が王政の穢れとして ヒストリアとその母親の抹殺を謀ったものの、 ロッドはヒストリアに偽名を与え生き延びさせた。 …それが、５年前に起きた礼拝堂襲撃の真実であった。 そして時を経て、レイス家から奪われた力はグリシャから エレンへと引き継がれていた。 しかし、その真の力を発揮できるのは レイス家の血を引く者だけであることから、 王家の力を取り戻すことを望むロッドは、ヒストリアに対し 巨人化薬を打ってエレンを捕食するよう説得する。 一度はそれが自分の使命だと悟り、 ロッドに従おうとするヒストリアだったが… “生きて、自分が本当にやるべきことを見つけなさい。” “別にお前は普通だよ。ただバカ正直な、普通のヤツだ。” “お前…胸張って生きろよ。” これまでに出会った人々。もらった言葉。 「もう！ これ以上…私を殺してたまるか！！」 ヒストリアは、自分を意のままに操ろうとする父親を拒絶した。 そこに突入したリヴァイ達は、見張りとして配置されていた 対人立体機動部隊との激闘の末、エレンとヒストリアを救出する。 錯乱したロッドは自ら巨人化薬を舐め、 超大型巨人の倍はあろうかという高温の巨体と地を這うような形態を持つ 巨人と化し、地下空洞の天井を突き破って地上にその姿を現した。 その際に地下空洞は崩落し対人立体機動部隊は壊滅、 ケニーも致命傷を負う。 戦闘中に負傷したハンジだったが、 より多くの人間が集まる場所へ向けてゆっくり進行するという ロッド巨人の特性をいち早く見抜いたことにより、 エルヴィンと合流したリヴァイ達は 最寄りの人口密集地であるオルブド区へ先回りし、 夜明けとともに壁際での迎撃を開始したのだった。 ＊ ＊ ＊ 高熱を発し、周囲の木々を焼きながら歩みを進めるロッド巨人。 兵士達は、ウォール・シーナの中心部に被害が及ぶことを防ぐため 敢えてオルブド区の住民を区内に留めつつ、一人も死傷者を出さずに 巨人を撃破するという困難な戦いを強いられることとなった。 絶え間ない砲撃音と震動の中、その巨体から発せられる高温の蒸気が オルブド区の上空へと漂い始めていた。 「ヒストリア、君を戦闘に参加させることはできない。 この街道の先にあるウォール教の教会に、君の護衛役として 信徒に扮した第三分隊の・班長を待機させている。 彼女と合流してオルブド区南端まで避難し、 混乱が収まるまで身を隠すこと…いいね？」 エルヴィンの命により、ヒストリアは教会に向かう。 だがその表情は、どことなく険しい。 「クリスタ！ …じゃなくて、今はもうヒストリアか…」 「さんっ！」 兵士達の誘導により我先にと避難を急ぐ群衆の中、 教会の前ではヒストリアの姿を捉えて呼び止めた。 「エルヴィン団長から指示は受けている。 さあ、早くこっちへ！」 しかしヒストリアは、少し考えた後、 差し出されたの手を取らずに引き下がった。 「ごめんなさい…私、やっぱり一緒に逃げることはできません…」 「ヒストリア…」 「今度こそ、行かせてください… 私は私の、やるべきことを見つけたんです…！」 そのやり取りは、かつてのトロスト区奪還戦と重なる。 しかしあの時とは違う、まっすぐな瞳と強い意思のある言葉。 は、ヒストリアの変化に気付いていた。 「…分かった、あなたの選択を信じるよ。」 は教会に戻り、隠し持っていた自身の装備一式を持ち出してきた。 そして身支度の済んだヒストリアと向き合い額を合わせた後、 その体を反転させ、背中をそっと押した。 「悔いのないように…行っておいで！」 「ありがとうさん、行ってきます！」 ヒストリアを見送った後、もまた避難する人々とは逆の方向、 壁に向かって走り出した。 「逃げてなんていられない…私も、私のやるべきことを ―― 」 ＊ ＊ ＊ 「列を崩さずに進んでください！ 動ける人がいたら手を貸して！ 巨人の動きは遅いので立ち止まらなければ大丈夫、慌てないで！」 壁の間際で、高齢者や病人など逃げ遅れた人々の誘導に当たる。 しかしその最中、駐屯兵団による壁上からの砲撃も虚しく オルブド区外壁に到達した巨人がついにその姿を現した。 壁に手をかけ、その高さを遥かに凌ぐ巨体が起き上がる。 地面を這って移動したことにより顔面は醜く削げ、 筋肉のような組織があらわになっていた。 胴体には牙をむいた口のような穴が開き、 その中には体液を滴らせた内臓がうごめいている。 「…！！」 あまりの大きさと不気味さに驚愕し言葉を失うが、すぐに我に返って 壁のほうに向き直り、スカートの中から拳銃を取り出して身構えた。 「来い…！」 立体機動装置もスナップブレードもない。 そして相手はこれまでに見たこともない、巨大かつ異様な形態の巨人。 拳銃一つでは、何もできない。 もし壁を突破されるようなことがあれば、 自分の命がここまでだということは分かっている。 それでも、自分は民を護る兵士。 一秒でも長く時間を稼げれば、一人でも多く救うことができれば…！ 「誰か、助けて…！」 「え…？」 巨人の重量により壁の上部が崩れ始める中、 吹きすさぶ熱風に耐えながら銃を構えるの耳に 悲痛な声が届いた。 ＊ ＊ ＊ 「ヒストリア…お前、その恰好…」 から借りた装備品を身に着けて戻ったヒストリアを、 仲間達は驚きの表情で迎える。 エルヴィンとリヴァイが戦線から退くよう再三促すも、 彼女の意志は固かった。 “民衆とは…名ばかりの王になびくほど純朴なのでしょうか？” これまで砲撃を続けていた駐屯兵団に代わり、調査兵団が前線に立つ。 “自分の果たすべき使命を自分で見つけたのです。 そのために今ここにいます。” 巨人化したエレンがロッド巨人の口内に大量の火薬を投入、 その爆発によって巨人は無数の肉片と化す。 “私が巨人にとどめを刺したことにしてください！ そうすればこの壁の求心力となって情勢は固まるはずです。” 飛び散った肉片を調査兵団の兵士達が空中で迎え撃つ。 急所であるうなじに当たる部分をヒストリアが斬撃し、 この戦いに終止符を打った。 「…私はヒストリア・レイス。この壁の真の王です。」 彼女は自身の言葉通りに民衆の前で影の王である父親を討ち、 自らが真の王であることを宣言したのだった。 ＊ ＊ ＊ 「あいつは…今どこにいる…？」 戦闘を終えたリヴァイは一人、部隊を外れて オルブド区内の壁周辺を飛び回っていた。 彼女とともに避難したはずのヒストリアは、自分達の元に戻ってきた。 だとしたら、彼女も大人しく避難などしていないだろう ―― バタタッ ―― ！ 「！？」 その時、リヴァイの目の前を、足輪を付けた白い鳩が横切った。 その鳩は瓦礫の中にたたずむ若い女性の側に下り立つと、 リヴァイのほうを向いて大きく羽ばたいた。 「クルル…クルルッ…！」 「兵士さん…？ 助けてください…！」 女性に声をかけられ、リヴァイは地上に下りる。 幼子を抱き、ウォール教のネックレスを着けている。 「あの中に…聖女様が…！」 「何…！？」 女性が震える手で指差した先には、 ロッド巨人の侵攻により崩落した壁に押し潰された民家。 「なんだって…こんなところに…？」 「聖女様は、逃げ遅れて見捨てられた私達を助けてくださっていて…」 女性の話によると、家の中に残していた子どもを連れて 逃げようとしたものの、崩れてきた壁の重みで家が歪んで ドアを開けることができなくなってしまっていた。 そこで聖女に扮したに助けを求めたところ、 拳銃でドアの金具を撃ち抜いて救出してくれたのだが、 その直後に巨人が爆発し、壁の破片が大量に落ちてきたことで 家が完全に埋まってしまい、子どもを先に逃がしたが 中に取り残されてしまったのだという。 「…分かった、ここは任せて早く壁から離れろ…！」 取り乱す女性を避難させた後、 死に物狂いで壁とレンガの破片を取り除いていく。 「…！」 やがてその隙間に光るものを見つける。 がペトラから譲り受けた髪飾りだった。 「…っのバカが…！」 汗と泥に塗れながら瓦礫を掘り進め、ようやく救い出されたは、 気を失いぐったりとしていた。 「っ…！」 額に血を流し、靴もネックレスも失くしてしまっている。 すぐさま介抱しようとするものの、彼女がこの近辺では 聖女として崇められている身であることを思い出し、周囲を伺う。 すぐ近くの崩壊した建物内に地下に続く階段を見つけ、 彼女を抱き上げて一旦そこに身を隠した。 石造りの暗く狭い地下室。 リヴァイは室内にあった布を広げて床に敷き、 その上にの体をそっと横たえた。 巨人の体液に塗れた兵団の制服とも、晩餐会での華やかなドレスとも違う、 飾り気のない純白のワンピース。 血と砂ぼこりで汚れてはいるものの、その姿はどこか神秘的で、 美しいとさえ感じた。 「…オイ、…！？」 しばし見惚れた後、リヴァイはが息をしていないことに気付く。 壁の崩落で体を打ったのか、 それとも瓦礫の中に閉じ込められ窒息したのか… 「チッ…勘弁してくれよこのクソアマ…」 心臓が動いていることを確認すると、 薄く開いたその口に自らの口を重ねた。 「（クソッ…死ぬな、…！）」 ＊ ＊ ＊ は、見たことのない場所にいた。 一見すると、湖。 だが、眩しい光を反射して輝く水面はそれよりも遥かに広く蒼く、 吹きつける風は爽やかな香りがした。 先を走る二人の戦友の背中が、少しずつ遠くなる。 どんなに走っても、追いつけない。 「オルオ、ペトラ、待って… 私を、置いていかないで…！」 力の限りに叫ぶ。 すると二人が、立ち止まって振り返った。 「俺らの代わりに、巨人がいなくなった世界を見届けてくれ。 、お前ならできる…」 「大好きだよ、…生きて、幸せになってね…」 ＊ ＊ ＊ 「……」 呼吸が戻って数分後、は静かに目を開いた。 「…お目覚めか？」 「…海…？」 混濁する意識の中で、記憶を手繰り寄せる。 負傷した頭と腕には布が巻かれていた。 「…生き…て…る…？」 「しっかりしろ。お前も俺も生きている。」 「…！」 横たわる自分の傍らに腰を下ろすリヴァイの存在に気付く。 「大丈夫だ…全て上手くいった。住民にも犠牲は出ていない。 一人でよく頑張ったな…。」 「ああ……兵…長…兵長だ……！」 自分が救われたことを理解し、涙を浮かべる。 その刹那、衝動に駆られ、リヴァイはに覆い被さった。 「…………」 「…どうした…拒まねえのか…？」 「…こんな…世界で…生き残って…いつも…最後だって… 離れる時…いつも…これが最後だって… もう会えないって…思って…ッ…！？」 自らの唇での口を塞ぐと、その瞬間、 の体から力が抜けた。 「まあなんとなくお前の言いたいことは分かったが… それにしてもよく喋るな…少し黙ってろ。」 「……ん…ッ……や…ぁ……」 本能のままに口内を犯し尽くすような、長く深いキス。 その間、は抵抗せず、時折苦しそうに声を漏らしながらも リヴァイに身を預けていた。 やがて唇を離すと、名残惜しそうに唾液が糸を引く。 「…ふぁ…」 「だらしねえツラしやがって、戦姫様が形無しだな… いや、今は聖女様だったか…」 呆けたような表情のを見下ろし、薄く笑みを浮かべる。 「…どっちにしたってようやく独り占めできたわけだ、 いつまでもこうしていたいところだが… 俺にはまだケリを付けなきゃならねえことがある。 戻ったら、続きをさせろ…いいな？」 「は…い…待って…ます…」 「よし…上出来だ。」 リヴァイはもう一度軽く口付けると、地下室の階段を上っていった。 この混乱の中心人物の一人、ケニー・アッカーマンに会うために。 彼もまた、自身の運命に決着を付けるために ―― 程良い疲労感と安堵感の中で目を閉じ、意識を手放す。 新たな王の誕生を讃える民衆の歓声が、遠く聴こえた ―― Back |